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受験に克つ ~ 立春の頃’18


 一年のうち最も寒さが厳しくなる大寒を過ぎ、二十四節季最初の節季である立春は、いよいよ新しい春の季節の始まりです。けれども、何年に一度という強烈な寒気が覆う日本列島は、例年にもまして全国的に厳しい寒さに見舞われているのはご存知の通りで、立春を迎えても日本海側を中心に大雪が続いています。東京でさえ、最低気温が氷点下になる日がしばらく続くほどですから、やはり今年はことのほか厳しい冬のようです。2月を如月(きさらぎ)と呼びますが、元々は「衣更着」、つまり重ね着するほど寒さがとても厳しい季節を意味する言葉(諸説あります)。今さらながら、古人の繊細な言葉選びの妙を寒さに震えつつもひしひしと感じます。

 立春といえば、ちょうど節分と重なります。節分の豆まきは、文字通り季節の節目を迎え、寒さや風邪や病気など邪鬼(気)を払い、新たな春を迎えるためのいわばお清め儀式のようなものです。春というにはほど遠いながら、厳しい季節に少しでも早くひと区切りをつけ、春を心待ちにする人の気持ちは今も昔も変わらないのでしょう。 



 


 ひと区切り、といえばとりわけ今の季節、一刻も早く区切りをつけ明るい希望の春を迎えたいと願っているのは、間違いなく受験生達とそのご家族でしょう。

 人生の未来と希望を託す学校へ入学するための、いわば失敗の許されない一発勝負。かつては私たち多くの大人もその厳しさを経験してきたとは言いながら、受験生にのしかかるプレッシャーや緊張、不安は、決して外からは推し量ることのできないほど大きなものでしょう。『誰しもが経験すること』『条件はみな同じ』『不安なのはみな一緒だ』などという言葉は、受験只中の当の本人からすれば、何の気休めにもならないかもしれません。

 そんな厳しい受験を勝ち抜くため、学校や予備校、インターネットやソーシャルメディアなど様々な機関やメディアでは受験対策に関するさまざまな情報が、受験生のあいだを飛び交っていることでしょう。その内容は、具体的な試験問題対策や勉強方法に始まり、普段の日常生活の体調管理から試験日数日前~当日までの間の過ごし方に至るまで、実に様々きめ細かなものです。

 受験シーズンも後半を迎えちょっと遅きに失した感はあるのですが、今回は、懸命に頑張っている受験生を支える立場の家族など周辺の方々向けに役立つ助言なり知識をお伝えできればと思っています。



 少し乱暴な言い方をお許しいただけるならば、人がカウンセリングを受ける理由は二つしかありません。過去に対する後悔や悔悟にとらわれているか、未来や将来への不安にとらわれているためか、もしくはその両方です。そして結果、そうした過去や未来への執着のために「今」を犠牲になさっている方々のように思えます。

考えてみれば、私たち人間は過去の経験や学習、記憶を現在にさまざま活かし、そしてまた将来を見据え、想定し計画、準備する生き物です。過去から成功や失敗を学び、将来へのモチベーションゆえに今を頑張るわけです。少なくとも私たちのこころは、過去と今と未来の間を自由に行き来する時空間を超えるシステムを備えており、これを心理学では『心的時間旅行』などと表現したりします。何と大げさな、そんなことあたりまえではないかと思われるかもしれませんが、これはヒト以外の生き物では、類人(オランウータンなど)を使った初歩的なほんの一部の実験成果を除いては他のいかなる動物にも確認されていない高度な知的能力といえます。

そうして考えてみると、精神的に深刻な困難を抱えている方を含め、私たちが悩んでいる状態とは、その「こころの時間旅行」がどうもうまくいかない、過去と今と未来の間を柔軟に行き来できずに、どこか不自然にギクシャクしてしまったり、あるいはどこかで身動きの取れない状態になっている、そう考えると少しわかりやすいかもしれません。

こころの時間旅行がうまくできることは、時々刻々変化する周辺環境や社会関係に柔軟に適応し生きていくことを可能にしてくれるとても大切な能力なのですが、その柔軟性が失われてしまうと、ちょっと厄介なことになってしまうのが私たち人間です。起きてしまったことが忘れられず、まだ起きてもいないことにくよくよし、結果今にベストを尽くせずに迷う。そして受験とは間違いなく、若い受験生達をそうした厄介な状況に陥れがちなライフイベントなのです。

つい、過去の思うようにいかなかった模擬試験や学校の成績、誰から言われたひと言が気になる。また同じ問題でつまづいてしまった、何度やっても覚えられない、時間がもうない、失敗したら、解けない問題が出たらどうしよう、当日体調を崩したらどうしよう、あわててつまらないミスは絶対できない、どうして友達はあんなに自信満々で明るいのだろう考えればそれこそきりがなくなってしまいます。



心理学などではこころあるいは頭脳のはたらきをコンピュータの情報処理過程になぞらえて、脳内で行われる高度に知的な情報処理、たとえば記憶や思考、推論、意思決定、内省などを「認知」と呼んでいます。普段当たり前のように私たち人間は、あらゆる状況、瞬間瞬間において認知的な処理活動を行っていると言って差し支えありません。けれども、私たちのこの認知機能はコンピュータのメモリと同様にその処理能力には限りがあります。したがってその限りある認知能力を今必要なことには集中させ、とりあえず不要なことには振り向けないようにするなど、状況に応じて適切に振り分けることで、私たちの認知機能は破たんすることなく正常に機能するのですが、その調整のあんばいが実に悩ましいのです。

とりわけ私たちが、何らかの精神的な負荷がかかるようなストレス状況下に置かれてしまうと、私たちの心をネガティブな思考や感情が占めることになりがちです。そうしたネガティブな思考や感情を意識的に排除しようとすればするほどかえってそれらは私たちの意識にのぼりやすくなります。さらには過去の似たようなネガティブな感情や出来事までも記憶の底から芋づる式に呼び起こすなどという事態まで生じさせます。

こうしたネガティブな思い込みや感情は、客観的事実や冷静な第三者的視点より優先して「事実」として認識されやすいという強い支配力を持つに至り、結果として現在優先して取り組むべき課題に割かなければならないはずの「こころのメモリ」を無駄に消費してしまうことになるのです。

 ネガティブな思考や感情が、事実や現実認識を押し潰してしまうようなことがあると、なかなか私たちのこころは上手に機能してくれません。ちょっと難しい持って回ったような説明をしてしまいましたが、こうしたことは、受験生の繊細な心の中では、たとえ表面上は平静を装っていたとしても常に起きていることといえます。



 さて、ではどうしたらいいでしょうか。ただでさえ余裕のない状態の受験生に、いまさらあれをしろ、これをしろなど、良かれと思うアドバイスやひと言が、それこそいらぬお節介と苛立ちを招くことはよくある話です。試験対策のことはある程度は受験生に任せるしかないとして、上手にその気分を和らげ、やるべきことへと気持ちを集中させ、高いモチベーションを保つことに役立つちょっとした日常の気遣いがとても大切になってくるのです。



1.不快な言い回しや感情をぶつけない

 厳しい寒さの今は風邪やインフルエンズがはやる時期ですが、さらに悪いことに、精神的にプレッシャーがかかると私たちの身体の免疫機能は後退しがちで、病気やウイルスに対しどうしても脆弱な状態になってしまいます。ですから、うっかり風邪をひいたり体調を崩してしまったりすることはありがちなのですが、しかしそんな受験生に...

「ほらみなさい、あれほど注意したのに。本番でそうなったらどうするの。もっと気をつけないと。」

あるいは、ちょっとした日常生活での行為に...

「あんたはウッカリが結構多いから。試験では命取りよ。」

よくある親からの注意とさらりと流してしまいそうです。でも、それらはただの叱責であり、失敗をあげつらう言いっ放しに過ぎず、実は何も言ってはいません(つまり心に響きません)。それは自分はあなたのことを本当に心配しているという「気持ち」ではなく、「あなたはいつも不注意だ」「あなたはウッカリばかりしている」という相手への「決めつけ」にすぎません。思いやりというより自分の動揺や懸念感情を子どもにぶつけているだけにもなります。具体性もなく、叱責されたという事実と自分を責め苛立つ不快な感情だけが受験生の心に残ってしまいかねません。誰もこんな大事な時期に風邪をひきたくてひくわけではありませんし、うっかりミスだってします。そんなこと本人も百も承知なのに、つい周囲が自分の感情をぶつけてしまうのはやっぱりよくありません。周囲の期待と心配の裏返しとして、つい棘のある言葉になりがちなのはよくわかるのですが、大切な今の時期に「裏返す」必要はありません。そんなときこそ、ぐっとこらえてストレートに優しくいたわる言葉掛けがとても大事です。

「いやいや、ウチの子どもはそんなヤワじゃないし、それくらい言った方が...」

そう、普段はそれでいいかもしれませんが、受験期はどんな子どもでもどうしたって普通の精神状態とはいいがたく、本人もまたそれをあまり自覚できていないものです。今の時期だからこそちょっぴりこだわりたいです。



2.抽象的、感情的な言葉掛けよりも、具体的な事実やもの事に言及する

「あたし昨日、変な夢を見たのよ。夕方の買い物しにスーパー行ったら、途中の駅前であんたとバッタリ会ってさ。あんた『試験出来ちゃった』なんてニコニコしてるんだけど、こっちはやだ、試験今日だった?なんてあわててるのよ。変な夢だったけど...正夢ってのもあるからね。とりあえずちょっと嬉しかった。」

「でも、去年の模擬試験だってダメだ自信ないとか言って、英語と国語は結構できてたじゃないの」

「そういえば、去年の面談のあとで先生もチラッと言ってたわね。今の調子で充分だって」

「今日、~ちゃんのお母さんとバッタリ会ったわ。やっぱり~ちゃんもプレッシャーかかって大変だって。でも~ちゃんあんたのこと、本番で強いタイプだからうらやましいって言ってたらしいわよ」

 ついつい受験間近になると、あとは気持ちの問題とばかりに、精神論で押してしまいたくなります。「あと少し。頑張れ」「大丈夫、きみならきっとできる」「気合と集中だ」「条件は皆一緒」言われればどれもその通り。ですが、受験生本人が感情的に不安定で負荷のかかっている状態では、感情面や気持ちを強調してもそれほど効果はありません。私たちの脳は根拠の薄い「気合だけ」の言葉を嫌います。「抽象」「感情」ではなく、「具体性」「出来事」で押します。具体的な事柄、あったもの事としての表現や言葉掛けがより効果的です。たとえそれが事実と異なり、多少の脚色や創作が入っても、です。特に、第三者からの間接的な評価や評判は、とても私たちをその気にさせる効果があります。

 他にも、「試験が無事終わったらみんなで旅行へ行くぞ~」「終わったら、欲しいものなんでも一つ買ってやるよ」などは、しょせん「目の前のニンジン作戦」といってしまえばそうですが、具体的にイメージできる「ごほうび」を与えられると、私たちの脳にある自己報酬神経系が刺激され、やる気を高め思考力や記憶力が向上するのです。このように、ポジティブな過去や未来への時間旅行へと上手に誘えば、「いま」のモチベーションをグッと高めることにつながるのです。


3.笑顔を意識する

 意外とこれがなかなかできないんです。つい心配から、子どもを大丈夫か、問題はないか、まだできることはないかと、「監視」してしまうものです。さりげなく普段から子どもの言動を観察して、わずかに気持ちが緩んだりリラックスしているときの状況や表情をとらえて、それに同調するような感覚で自然にリラックスの輪を広げる工夫をするといいです。無理やり受験生をリラックスさせようとして、周囲が意識的に明るく振る舞ったり、冗談や笑い声をふりまいたり、無理に外出やレジャーといった気分転換を促すようなことは、逆に神経をさかなでしてしまいかねません。特別なこと、新しいことをする必要はありません。ときには子どもへの注意よりも、自分を含めた周囲の様子を意識することも大切です。受験生のリズムに合わせて、さりげなく柔らかい空気を作る工夫をしてみてはいかがでしょうか。


  

 どれも言わずもがなの大人の知恵かもしれませんが、ちょっと心の隅に留めおくだけでも随分と違うものですし、受験間際でもそれなりに効果の期待できるものです。

 ネガティブなことはさておき、ポジティブな過去や未来に目を向け、「こころの時間旅行」をサポートしていけば、受験という「今」だってそうは恐れることはなくなっていきます。

 受験生とご家族のホッと明るい笑顔がもうすぐ、きっとやってきますように。


最後までお読みいただきありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2018-02-04 21:41 | Trackback | Comments(0)

メンタルケアと心の相談室 C²-Waveのオフィシャルブログです。「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、思いつくまま綴っています。記事のどこかに読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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