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 「生まれました!すごくかわいいんですよ。しかも四羽も!」

 カウンセリングルームへ入ってくるなり、息を弾ませながらそう報告するHさんの笑顔を見たのはもう何か月ぶりかのことでした。何のことかと戸惑っている私に、「ツバメです。ほら、教えてもらった巣です。ずっと空っぽだったからどうしたのかなと思っていたら、今日は小さな巣にギュウギュウ詰めで元気に鳴いているんです。なんだかうれしくて...」

 何の折りだったか仕事場近くのビルの駐車場の屋根の軒先の隅に偶然発見したツバメの巣と周囲を飛び交うツバメの姿の事を何気なく話題にしたところ、Hさんはどうやらそれ以来、カウンセリングに来る道すがらその巣を観察するのをひそかに楽しみにするようになったとか。都心の空や街中を飛翔するツバメの姿が最近めっきり減ったように感じられ、巣作りや雛が孵る時期も随分とずれ込み気味なのも気になっていたものでしたが、思わぬ近所でのツバメの巣の発見という私的な興奮がどうやらHさんにも伝染したようなのでした。


 

 カウンセリング中はいつもどちらかと言えばふさぎがちで涙の止まらないこともめずらしくないHさんがかつて経験した戦慄の出来事とその後歩まなければならなかった人生の苦悩の複雑さについて考えるとき、そうしたことが実は誰しもの身にも起こりうることであり、私たちの多くが普段何ひとつ疑いもなく享受している普通の生活や人生、それなりに楽しく充実した日常が実は、それほど当たり前なことでも努力と才能で勝ち得たものでもなく、ほんのちょっとした運命なり偶然のいたずらやすれ違いによってかろうじて支えられているものでもあり、したがってそれらは実はどうとでも転びうるものであったに違いない、というつらい現実を私に常に突き付けてきます。

 カウンセリングの場面では珍しくないこうしたことを、私たちは日常では感じることはまずほどんどありません。というよりも、そうであるとは信じたくないのが私たち人間というものです。以前ブログで以下のようなことを書きました。


 『いつだって誰にでも起こりうることなのだ、運命なり偶然がそうした人々につらく当たっただけで、そして次は自分の番かもしれない。そうは考えたくはない私たちは、この世の中は公正な世界であって、よい人にはよいことが起こり、悪い人には不幸が起こるはずであるという因果応報的な世界観を堅持したい傾向にあります。自分はこんなにも頑張っている、正しく生きようとしているのだから、自分は違う、自分の身の回りには起こらないはずだと。したがって、こうした信念が脅威にさらされるような異常な事件やあまりに悲劇的な事柄に直面した時、私たち人間は同じようなことが自らに起こる可能性を拒否し、さまざま原因のあら探しを始め、ときに被害者に何らかの非があり自業自得なのではないかとすら考え、何とか自分達の信念を守ろうとしてしまいがちです。』

 

 これは私たち人間が無意識に持っていると言われる心理的バイアスのひとつですが、同時に心の安定に寄与する安全装置でもあります。この安全装置が機能することなく耐えがたい苦痛を現実に味わってしまった衝撃をどうすれば消し去ることができるのか、ありきたりでもいいから普通の人生を送ってみたい、そう日々苦闘し続ける人々もまた私たちのすぐそばにいるのだということをせめて知ってほしい、それで何が変わるのでもないと知りつつもついそうした願いが頭をよぎります。




 起きてしまったことはなしにはできないから辛いものです。「起きてしまったことは忘れなさい。起きてもいないことをくよくよ考えるのはやめなさい。」一番シンプルな人生の教訓かもしれませんがそれが簡単にできるのなら私のような仕事は必要ありません。ではなんとかとりあえずでも楽になる方法はないか、あるいは過去に振り回されない方法はないか、と問われることもしばしばですが、けれどもこの二つが心の問題で一番の難問です。がっかりさせてしまうことも多いのですが、実は私にもはっきりと明確な答えを出すことはできないことのほうが多いです。

 「これこれ(原因)をやったから楽(結果)になった」という単純な点と点の因果関係を経験することはほとんどないように思います。むしろなんとも頼りない言い方ですが、「とにかくあれこれ進んでいくうちに、いろんな変化が起き、治っていく」が実感なのです。

 そして、結局のところカウンセリングの最後のよりどころは、それでも素敵な人生は誰にだって可能なのだ、人生には確かにそれぞれの生きる意味があり、歩む価値のあるものだ、とブレることなく信じていくことしかありません。そう人が信じ続けられるよう支え続ける工夫の連続の積み重ねの先に「変わっていく、治っていく」ことがカウンセリングでありそれが問題解決の一番の近道なのだと感じます。




 いつもとあまり変わらない調子に終始したカウンセリングを終えたHさんは、それでも最後に明るく微笑みながら、「今日は家へ帰ってお祝いします。あんな素敵な光景に出会えたのだから。」とルームを後にしていきました。来週も今日のように少しまた笑顔がみられるだろうか?ツバメの雛たちのように偶然出会うささやかな日常の喜びがいくばくかの生きる力になることもある。そして来週はもうそうは思えなくなっているかもしれない。けれども私たちはとにかく前へ進んでいく、一緒に。



最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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# by yellow-red-blue | 2019-06-10 01:56 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


by yellow-red-blue
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