東京2015、冬 ~ 大雪の頃'15


あさになると、お日さまが のぼりました。

ゆうがたには、お日さまが しずみます。

きょうが すぎると、またつぎの日が きました。

けれど、きのうと きょうとは、いつでも

すこしずつ ちがいました……

ただ ちいさいおうちだけは いつも おなじでした。

(バージニア・リー・バートン「ちいさいおうち」石井桃子・訳、岩波書店)


 東京の地下を迷路のように縦横無尽に走る地下鉄路線の中でも最も古い銀座線。浅草方面行きの一番後ろの車両に乗り日本橋駅で下車、階段を上がり改札を出て斜め右方向丸善ビルのある3番出口へ。階段を上がり踊り場で方向を変え、出口の見える階段を再び昇り始めると徐々に姿を見せる、時代を感じさせる重厚な西欧様式建築。曲線と直線とが優美な調和をみせ、上品で細やかな意匠を纏う落ち着いたサンドベージュ色の外観。そこにハイカラで華麗な色どりを添えるきれいな赤色の大きなひさしと控えめながら気品あるエントランス。

 昭和初期に建てられ、戦後何度かの増改築を重ねたもののいまだ内外装ともその当時の面影をそのままに保つ昭和の百貨店建築の白眉、高島屋東京店は、数年前百貨店建築としては初めて重要文化財の指定を受けたそうです。

 私は建築物や建築の歴史に詳しいわけでもまた特別興味があるわけでもありません。またこうした百貨店を買い物に利用するというような生活習慣もありませんし、それどころか高島屋店内に足を踏み入れたのも生まれて此の方何度あるかなというぐらいでしょうか。ただ、いつまでも変わらぬこの建物とその周辺に漂う独特な「百貨店のある界隈」の懐かしくもちょっぴり贅沢な香りに惹かれ、用もなくつい足を運んでしまう、私にとって東京でも数少ない場所のひとつです。

 何をするのかといえばただ高島屋を眺めつつ幅広い快適な通りをぶらぶらと歩く。日本橋2丁目あたりの長さにしてほんの2300メートルくらいでしょうか。右手に高島屋を眺めながら日本橋方面に歩き、旧東急百貨店の跡地に建つコレド日本橋がそびえる、国道1号線との分岐点の日本橋交差点でUターン、再び高島屋をめざして戻るとただそれだけ。ときに日本橋三越界隈まで足を伸ばしたり、横丁へそれ近所のカフェでお茶を飲んだり、丸善で本を眺めてしばしの時間を過ごす。決して長居するわけでも買い物するわけでもなく、ただ本当に街を歩き街並みに触れるだけですが、私にとってはとても心地よい時間です。

車道と歩道の幅、そこを行き交う人と車、建物の高さ、見上げる空の広さのバランスが絶妙に気持ちのよい、東京では本当に数少ない界隈。目抜き通り沿いの一等地だから当然と思われるかもしれませんが、どうしてどうして、同じような場所でもこの界隈ほどそこはかとない品のある雰囲気を保っている場所は、都内にはもはや残ってはいないのではといってよいかもしれません。特によろしい時間帯が、そろそろ辺りが薄暗くなる日暮れ夕刻の帰宅どき。最近の建物では考えらないくらい控えめな光量による間接照明的陰影の効果をもって映し出される高島屋の姿は、その建築の素晴らしさをよりいっそう引き立たせ、たいへん好ましいムードなのです。

建築当初から昭和の時代しばらくまでは都内でも有数の大型建築物であったであろう高島屋ですが、今ではどんどん大型化・高層化していく周囲に比べ、こじんまり小さく映り当然ながら老朽化も隠せません。けれどもその他にはない個性が街のチョコレート屋さんやケーキ屋さんのギフトボックスのようなかわいらしささえ漂わせ、界隈全体の雰囲気をとても特別なものに保ってくれています。

 この高島屋の前を通る大通りこそ、旧東海道(ほぼ現在の国道1号線)であり、現在中央通りと呼ばれるその通り沿いには、ずらりと百貨店が立ち並び、東京、いや我が国随一の繁栄と庶民のあこがれを極めた文字通りの目抜き通りです。高島屋からほんの北へ数百メートル行けば広重の浮世絵でおなじみの東海道の江戸の出発点日本橋で、そこには伝統ある三越百貨店が今でも界隈の顔です。そのまま東海道をたどり、東急百貨店(現在はコレド日本橋)、そして高島屋と続き、大丸のある東京駅八重洲界隈を西に見つつ京橋を抜け銀座へと入れば、松屋・三越・プランタン・松坂屋、隣の有楽町には阪急や西武(現在はルミネ)、丸井など今も変わらぬ百貨店がずらり。今や名物ともなった「デパ地下」の、百貨店の屋台骨を支えるほどの連日の盛況ぶりは皆さんもよくご存じのとおりです。ここ20年ほど言われてきた百貨店の衰退や売上実情はともかく、今も変わらぬ街の顔です。

                 ✽✽✽✽

 けれどもさきほども触れましたが、今では高島屋とその界隈を残しそれらしい雰囲気と香りは失せすっかり変わってしまったような気がしています。日本橋周辺も京橋、八重洲、銀座、丸の内・有楽町界隈はどこも、いえ銀座中央通り沿いに限らず、東京で新しく生まれ変わっていくような街や地区は、どこも似たような場所に変わってしまった気がして少し残念です。周囲を威圧するかのような大型化・高層化したビルディングが立ち並び、無用で不快なビル風が絶えず辺りを行き交う私たちの髪や衣服をかき乱す、よくよく考えてみれば大金をかけ現代の人知を尽くした結果何故このような姿になってしまうのか、こんな街づくりしかできなかったのかな、とときに無責任にも思ってしまうのです。

銀座あたりは違うのではとお思いの方もいらっしゃるかもしれません。確かに街の景観を守るため高層建築を排し、一見すると整った街並みは昔と変わらない感じです。ですが個人的に一番変わってしまったなと感じるのが銀座・有楽町界隈のような気がします。もうすでに銀座は何と言うか「銀座」の香りはなく、有楽町はとっくに「有楽町」であることをやめ、そんなことはよくある懐古郷愁の情に過ぎないと片付けるには、あまりにも割り切れぬ複雑な感慨がしばしば私の頭をよぎります。

街にはそれぞれに色や香り、たたずまいがあり、そこを訪れる私たちはそうしたものを無意識に感じとり、馴染み溶け込んでいく心地よさを味わいながら過ごすものです。来る日も来る日も人々がそれを繰り返し街はさらにその界隈独自の色彩を深め、そうした街を通じ私たちは時代を感じ歳を重ねていく。あまり今の街にはこうした「匂い」が感じられなくなり、どこの街とも区別のつかない同じような場所に変わってしまいました。銀座四丁目付近にコンビニやドラッグストア、安売りアパレルのお店が立ち並ぶようになっても、もはや何の驚きも感じることのない時代になってしまいました。

 妙に騒がしく、どこか物欲しげでおしつけがましい、何となく子供じみた界隈...

 ずいぶんと意地悪な見方かなと思うのですが、どの街もみな同じ景色に染まっていくような気がしています。

もちろんこれは私の勝手な見方です。気持ちのよい素敵な界隈だって生まれていることでしょう。街には、想像以上に厳しい現在の経済不況や社会不安という現実を忘れさせ、人々を夢へ欲望へと誘う魔法の媚薬のごとき社会装置としての役割もあります。でもやっぱりそれはほんのいっときのごまかしにも映ります。「レトロ」「モダン」「セレブ」「エコ」という言葉は巷に溢れはするものの、感じのよさや落ち着き、人間性あふれるものはそこからは伝わってこない。なんでもあるしなんでも買える、でも本当はなにも手にすることは叶わず、それらを人生の豊かさと取り違えながら世の中はつき進んでいる気もします。

変わることで良くなる場合もある。失うことで何か新たなものが生まれる。そんなものだと受け入れて生きていくことが私たちの人生、世の移ろいかもしれません。昔は良かった、というのはある意味正しくもあり間違いでもあるのでしょう。私たちが暮らす時代は、過去の世に存在したたくさんの問題・課題を克服してきました。そうなのです。でも同時に必要なものごとを過去のものとしてスクラップにし、果たして意味あるものなのか疑問を感じさせずにはいられないものごとを未来の世代のためにと懸命にビルド(産み出して)しているが、その実、目先の享楽的価値に重きを置いているだけなのでは、そんな気がしてしまいます。一度手放せば取り戻すことのかなわないものごとが世の中にはあります。私たち人の「こころ」もまた同じなのではと思います。伝え、学び、経験しておかなければならないこと、大切に過ごさねばならない「時間」が失われている気がしています。一番大切にされなければならないはずの「ひと」を追い立て、やさしさまでの距離を日々痛感させるような社会の仕組みは、字面上の経済優等生を演じることはできても、つねに不安と焦燥感と隣り合わせのうわべの幸福しかもたらしはしないので、はと思うのです。


                 ✽✽✽✽


冒頭で引用した『ちいさいおうち』は、おそらく戦後高度成長期以降の多くの日本人が幼少時代一度は手にとって読んだことがあるに違いない、時代と世代を超え心に響く絵本の名作です。バージニア・リー・バートンには他にも「いたずらきかんしゃ・ちゅうちゅう」や「はたらきものじょせつしゃ・けいてぃー」等素敵なお話がありますので、おそらく覚えていらっしゃる方も多いかもしれませんね。

 静かないなかの丘にたつ奇麗なピンク色に塗られたちいさなおうち。たくさんの家族が何代にも渡り暮らしてきたちいさなおうち。時とともに次第に都市化と現代化の波にのまれ、どんどん変わっていく周囲に戸惑いと寂しさを感じ、住む人もいつしかいなくなりしだいに朽ちていくちいさなおうち。でも偶然通りかかった元の住人の子孫によってむかしのように静かないなかへ移され、豊かな自然に囲まれ、いつまでもいつまでもおだやかにそして幸せに暮らしていくちいさなおうち….

 この70年近く前に書かれた小さな作品の絵とものがたりには、多くの格調高い文学作品やベストセラーなどに勝るとも劣らない、いとおしいほどの永遠の世界が込められています。この作品は、絵本が決してまだ幼い子供が楽しむためだけのものではなく、大人が子供に大事なものを伝えていくための、そして私たちが大人としてともに成長していくために繰り返しひも解くことのできる教材、時代を超え変わらぬ大切なメッセージの宝庫でもあることを教えてくれます。あらためてこうした作品を手に取れば、懐かしいもの、過去のもの、理想のものとして片隅に追いやり、いつしかそんなものがあることすら忘れられてしまった大切なものごとが、私たち大人の心の底にいったいどれだけ埃をかぶって山積みされたままでいるのか、そんな気がしてきます。

 高島屋東京店を訪れるたびに、私はいつもこの『ちいさいおうち』のことを思い出します。高島屋とその界隈の雰囲気が、あの絵本に描かれているちいさいおうちとそのストーリーとを何故か連想させるのです。今や高島屋周辺も再開発事業が急ピッチで進められ、本当に小さくなっていく高島屋を見るたびより一層その思いは強くなります。そして、私がこの界隈を訪れるのは、自身の中でも大切な何かが失われてきたことを感じているからなのでしょう。

 妙に騒がしく、どこか物欲しげでおしつけがましい、何となく子供じみた...

それは私のような今に生きるひとの心の情景そのもの、その姿を映しだす鏡でもあるかもしれません。

 

 『ちいさいおうち』とその物語は私が生まれるずっと前からこの世の中に存在し、そして私が死んだあともずっと残っていくことでしょう。そうしたものを私たち大人は今作り伝えることができるのでしょうか。作り伝えてきたのでしょうか。

むかし むかし、ずっと

いなかの しずかな ところに

ちいさいおうちが ありました。

それは、ちいさい きれいなうちでした。

しっかり じょうぶに たてられていました。

この じょうぶないえを たてたひとは いいました。

「どんなに たくさんの おかねを くれるといっても、

このいえを うることは できないぞ。わたしたちの まごの

まごの そのまた まごのときまで、

このいえは、きっと りっぱに、 たっているだろう。

(バージニア・リー・バートン「ちいさいおうち」石井桃子・訳、岩波書店


 古く色褪せ、ところどころ擦り切れてしまっている我が家の『ちいさいおうち』ですが、今でも大切に本棚の片隅にひっそりと置かれています。
20151210日)

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 麻布十番
✽今月の無料相談dayは12月25日です。

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by yellow-red-blue | 2015-12-12 10:59 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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