指輪ものがたり(Ⅰ)~ 立春の頃 ‘16


その男性の悩みは、「結婚(婚約)指輪をする男性にいらだつ」というものでした。正確には指輪への嫌悪感と結果指輪をする男性の拒絶です。まさに『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』の感情といってよいでしょうか。


文句のないご経歴を持ち、幸せな家族生活を営む物腰穏やかで誠実なこの中年男性(Aさん)が密かに抱き続けるこの悩み、いったいなぜ自分はこうも指輪をする男性に激しい嫌悪感を催すのか、Aさんご本人にもさっぱり見当がつきません。

指輪嫌いもさることながら、結婚指輪をしているのかしていないのかで、その人の良し悪しを反射的に判断するなどということが、いかに馬鹿げた、全く根拠のない見下げた偏見であるのかも重々承知の上で、しかし心の奥底に秘めたそれへのアレルギー的拒否反応をどうしても認めざるを得ない、というのがAさんのお気持ちでした。

もちろん良識も常識も持ち合わせるAさん、私生活あるいは仕事上指輪をはめている男性を不当に扱ったりいじわるをしたり、また付き合いを拒否するなどということは決してしたこともなく、いかなる場面でもそれを口にしたことはありません。でもだからなおのこと辛い。温和で優しい表情の中には想像以上に苦悩があるようでした。これはちょっと厄介な悩みです。


指輪をはめている男性に対しそうした歪んだ感情を何故自分は持っているのだろうか?指輪を容認できないその苛立ちは何なのか?そうした感情を持つ自分への苛立ち、何故そのような偏見を持つに至ったのか、この相手とは心の底からは親しくはなれそうもないなどと反射的に思ってしまうのかAさんにはその原因がわからない。奇妙なことに、「指輪をすること」自体には全く何の感情も持っておらず、指輪をするかしないかは全くの自由だと心から思っていらっしゃるご様子でした。そりゃ結婚しても様々な理由(仕事上の都合、その他大した理由もなく、結婚して時間が経過したためなんとなく)でしなくなる人もいれば、一生続ける人もいるのは当たり前ですよ、とおっしゃいます。ところが、いつ頃からか接する男性の薬指に指輪があるのを見ると何故か背筋がゾクっとするものを感ずるのを禁じ得ない。


Aさんにとって一番つらいのは、そんな考えは間違っているということを心から思っているにもかかわらず、いうなれば「身体が受け付けない」ような感覚です。歪んだ感情が沸き上がることを止めることは難しく、相手男性への不快感もさることながらそうした自分への自己嫌悪の感情が一番こたえる。Aさんの中で理性と不必要な自己防衛反応との葛藤が永遠に続いているかのようでした。


カウンセリングでは、苦悩の背後にある問題を浮き彫りにしていくということに重きを置く場合もあることは言うまでもありません。カウンセラー個人の持つ知識や経験、背景に基づく主観的見たてや読みも欠かせないのですが、同時にまた、カウンセラーが自らの経験や過去事例などから勝手な道筋を思い描き、過剰な予断をもって相手に接したり、あるいは判断に行き詰まりつい専門的な理論や知識、職業的権威に逃げ込み、結局、仮説(自説)検証的色彩の濃いカウンセリングで相談者を誤った方向へと導くことは極力慎まなくてはなりません。

と、偉そうなことを言っていますが、現実にこうしたお話を伺えば、無責任ながらもいろんな可能性がちらほらと思い浮かんでしまうものです。

例えば、

・金属アレルギーあります?

・単純な趣味趣向やファッションの好き嫌い、ライフスタイルの問題なのでは?

・「男のくせに(指輪なんて)!」とか「欧米か!?」のようなある種の日本人的な気質傾向?

のように、比較的シンプルといいますかわかりやすい原因から、

・過去に指輪をはめている人間からひどいことをされたなどの経験がトラウマとして残っている

・男性の薬指に輝く指輪が過去の恋愛上の失敗の経験等を思い起こさせる

・自分の結婚生活の潜在的な不満やストレスが幸福な結婚生活の象徴としての指輪にいらだち、自分の結婚生活を直視することを忌避したい

など、より深い心理的葛藤のあげくの感情ということで挙げればそれこそキリがなくなりそうです。


 私たちはたいがい、自分の悩みや疑問に対する回答が自分ですでにわかっている場合が少なくありません。虚心坦懐に自己を見つめてみると、悩みの根源やすべきことなどは自分がとっくにわかっている。でもそこへ踏み込む勇気がちょっぴり足りないため、わかっていながらそれを直視できず他にその原因を求めようとしたりする。私なんかも経験があります。他人の欠点や問題点を指摘することだって、実はそうした同じ欠点を自分でかかえていたり、過去に同じ経験をしているからこそ他人のことがよく見えたりすることと一緒です。


 そしてAさんは、物事に対して冷静な見方や柔軟な思考ができ、ただ悩むだけではなくちゃんと自己分析ができる方でした。そしていろいろと話をしていくなかで過去のある出来事を思い出したのでした。

 それは、彼が学校を卒業後新人社員として入社した会社の上司のことでした。その上司は優秀な人で、社内の人間関係でトラブルを起こしたり、イジメやパワハラをするようなことはなかったそうです。ですが、個性的というかややクセのある性格で、人の好みがはっきり分かれ、そうしたことをあまり隠すことなく周囲にもらしたり、なんとなく態度に表れたりするタイプの人であったようです。逆にいえば表裏のあまりない率直な性格の人といえるかもしれませんが、時々新人職員を見下したり皮肉くるような言動もあり、そのあたりでどうにもAさんにとっては「ソリがあわず苦手なタイプ」だったようです。Aさん自身はこの上司から特別嫌われたりキツイことを言われた経験はなく、むしろ淡々とした関係だったようなのですが、あまり好かれてはいないなという感触は伝わってきたそうです。席はすぐ隣でしたが、結局親しく付き合うこともなく、しばらくしてその人は出向元の職場に戻り、そこではとても重要なポストに就いて活躍なさったそうです。


そして、その上司の薬指にはゴールドの指輪がいつも輝いており、Aさんの席からは常に目に入っていたことを思い出したそうです。そりの合わないタイプの上司があまりに近くにいるので直接目を合わせたりできない伏し目がちの日常を送っていくうちに、いつの間にか相手の手元に視線がいく習慣が出来上がってしまい、それが目に焼き付いたということのようでした。

「その方はとても家族思いで、職場でもよく家族の話をなさっていました。そして家族の話になるととても機嫌が良かったのを覚えています。いただく年賀状でも必ず家族の集合写真を使っていました。家庭ではいいお父さんなのだと思うと、逆に会社での人柄とのギャップに違和感が増し、それが結局指輪アレルギーにつながったのかなとわかったんです。」

その後Aさんはその会社を辞め転職したのですが、それはその上司の件とは関係ない理由だそうで、実際その後の新たな上司や周囲との関係も良好で充実していたとのこと。指輪への拒否感情はその後数年経過したあたりから始まり、ほかに思い当たる出来事や特別な状況はないとのこと。やっぱりそれが原因ですね、とAさんは一応納得顔のご様子。


でもそれくらいであるなら、昔のほろ苦い思い出でも済みそうです。Aさんの落ち着いたお人柄や大人らしい言動とにしばらくの間接していた私には、数十年今もって続いていることには少し無理があるかな、そう感じられてしまったのです。それでスッキリしますか?

「ええ、原因がわかったわけですから。」とちょっと自分に言い聞かせる様なAさん。心から納得されていないのではと思いました。なぜならたとえ原因はわかったとしも、相変わらずの指輪と指輪をする男性への拒絶感が消えなかったからでしょう。きっかけはAさんの見立て通りかもしれませんが、そうした思いを今日まで存続させる、後押しする強力な感情体験があると考えてもいいのでは。背後にいるボスキャラのような存在をどうしても意識してしまいます。


 特別な出来事に限らず、ある何かがある人にとって直視できない過去や事実、自分の感情を思い起こさせるから、拒絶や嫌悪が起きるのだとすると、Aさんの場合はそれが果たして何であるのでしょうか。それが何であるのかが解消されないと、不快感は消えないままかもしれません。

 本人のなかで口に出すことには憚られるが、薄々感じ取っていることがあるなと感じた時には、そこにはあえて深く踏み込みません。さらっと流している中にこそある思いが秘められている可能性もあります。また、本人が気づいていないところになにがしかの手がかりがあるかなと見立てた場合には、できるだけ時間をとって踏み込むことにしています。素朴な疑問や質問を通じたやりとりの過程でお互い何かに気づいたり思い当たることがしばしば出てくるからです。

 ふと私はAさんが、「指輪をする人がダメ」と言っているのではなく、「指輪をする男性がダメ」だと言っていることに気づきました。問題の上司が男性だったわけですから当たり前とも言えますが、少し引っかかるものがあり、そこでいくつかの疑問が浮かんできました。


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by yellow-red-blue | 2016-02-05 19:52 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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