2016年 03月 19日
花咲く季節はやってくる ~ 春分の頃’16
「暑さ寒さも彼岸まで」春分の日を迎え、日に日に明るい時間帯が延び始めてきました。少なくとも東京では、冷たい風と厳しい寒さがようやく和らぎ気温も徐々に上昇し始め、日中の太陽の光も力強さを増していることを実感します。ほのかな春の木花の香りとともに、みずみずしくも柔らかな空気があたりを漂い始め、桜の開花とともに心待ちにしていた新しい季節の訪れももう間近です。個人的には四季の移り変りを肌で感じることのできる日本という国に生まれて本当によかったと心から感じるのが今のこの時期です。長い冬の眠りから生き物全てが起き出し、新たなエネルギーと生命の息吹を感じるこの季節。自然や生命の営みをたたえ、生き物すべてを慈しむ日として、春分の日が国民の祝日となっているわけですが、自然とはいいものだとつくづく感じるのもまた今頃でしょうか。
*
麻布十番は、活気ある昔ながらの商店街風情を残しつつ、地元はもとより多くの買い物客や観光客が外から押し寄せるいってみれば流行とトレンド発信の街です。カウンセリングルームはそんな街のちょっとはずれのひっそりとした界隈にあります。と、なにやら気取って書いていますが、実情は今言うところのミニマリストを地で行くような至って質素でこじんまりした(つまりは狭く何もない)空間です。
ひとつだけ密かな満足を覚えるのが、東京のど真ん中のビル群に囲まれた界隈にあることを忘れせる、窓からの緑の眺めと静けさです。部屋の目の前には、本当に狭いながらもうっそうとした木立や草花が広がります。隣の敷地との境に目隠しに植えられている小高い樫の仲間やサカキ、ひいらぎなどの常緑広葉樹、きんもくせいに背の低く刈り込まれた笹、小石を敷き詰めた塀沿いの小道の隙間に見え隠れする草花が日々目を楽しませてくれます。
窓の外の木々をゆする風のささやきや鳥のさえずりに耳を傾け、小さな植物の一つひとつに注意を向け、草花の間をひらひらと舞う蝶や餌をついばむ小鳥の動きに見とれ、建物の谷間からわずかに見える高い青空を揺れるちぎれ雲をぼんやりと見上げたりしていると、日々の暮らしのなかで無用の緊張と不安に尖ってしまいがちでストレスに疲れた心がときにふっと楽になります。そして普段いかに自然とその営みに込められた深い生の喜びに無関心であったかを痛感します。
“美しいものは、目と耳の使い方さえ理解すれば、どこにいようとかならずわたしたちの周囲にある。そして腹立たしいこと、くだらないことすべてを高く越え出て、内面の均衡をつくりだしてくれるのです。”
(『ローザ・ルクセンブルグ 獄中からの手紙』大島かおり編訳 みすず書房)
ローザ・ルクセンブルグ(1870-1919)は、学生時代から社会主義運動に加わり、政治亡命や幾度の投獄の境遇に見舞われながらも、ドイツ社会民主主義陣営の運動とその後のドイツ共産党の創始者としてその名を歴史に刻む政治理論家、革命家です。反戦活動にも力を注ぎ、妥協なき過激な革命指導者としての勇猛さのイメージや歴史評価がありますが、しかし彼女の遺した数々の書簡や獄中からの手紙から垣間見えるのは、自然や生き物への造詣厚く、芸術をこよなく愛し、そして小さき者、弱き者への限りない愛情と優しさとに満ち溢れた、繊細で人間味豊かな女性像です。
*
不思議なことに周囲のささやかな自然に意識の注意を向け始めると、かえって自然のスケールの大きさと神秘性をあらためて意識します。そして私たち人間という存在もまたちっぽけながら、まったき奇跡と神秘のなせる業なのだとも思い当たります。ひとり一人がはるかに大きな営みの確かな一部として存在しているという確信は、それがたとえ生々しい現実の生を生きるあいだのほんの気休めの感傷に過ぎないとしても、とても大事なことに思えてきます。私たちも所詮はこうした大きな営み中のほんの小さな歯車の一つに過ぎず、だから結局はなるようにしかなりようがないと自分を素直に解放してやれると、なぜだか気持ちが随分と楽になることもあるのです。
悩むときも希望が欲しいときも、何事もうまくいかないと感じるときも、心が日に日に縮こまってしまわぬよう自分のすぐそばに限りない可能性に開かれた広く遠い世界があることをけっして忘れないこと。自分がずっと大きな世界の一部であり、そこに身を差し出すことで生きているちっぽけな存在であると同時に、あらゆる創造物と同じく奇跡の存在なのだと信じることはとても大切なことです。
何事につけままならないのが私たちの生きる世であり人生です。「生きていかねばらならない一日一日が、苦労してよじ登らねばならない小山のようで、些細なこと一つひとつにひどく心が痛み乱れる」(ルクセンブルグ)ときもあるはずです。
それでも花咲く季節はやってくる。
人生は美しく、生きる価値がある。そう信じ続けるため日々ほんの少しの時間でも自然と謙虚に向き合うことは、とりわけ都会に住むわたしのような人間にとってとても大切なことなのだと感じています。
“雲と小鳥と人の涙のあるところ、そこがすべてわが家なのです。“
(『ローザ・ルクセンブルグの手紙』ルイーゼ・カウツキー編 岩波文庫)
メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 麻布十番
~いつもお読みいただいてありがとうございます~
