心の傷が癒えるまで ~ 芒種の頃’16

「どれくらいの時間がかかるのですか?」

 こうした問いにはっきりと答えを出すことができたらどんなにいいだろう、とときに思うことがあります。

 ねんざやインフルエンザならまだしも、個人的な心情についての雲をつかむようなたぐいの問いに、簡単に答えなんか出せるものではない、ということは分かっているのですが、なかなかそんな冷たく突き放すことはできない。そこで、少しでも相手を励ますよう心配りをしようと考える。

 たとえば、誠実そうな微笑を浮かべながら、「あなたは自分が思っているよりももっと強い方ですよ。大丈夫。必ず克服できます。いっしょに頑張っていきましょう。」などと言えるかもしれない。あるいは、「それはあなた次第です。焦ってはいけません。必ず時が解決してくれます。」まだまだあります。「山あり谷ありが私たちの人生です。悪いことばかりではありません。自分を責めるよりももっと物事のポジティブな面に目を向けてみませんか。」「自分の感情や現実に逆らおうとするとかえって傷を深くしてしまうものです。否定したり逃げようとせず、いったんそれを受け入れることをしてみましょう。そうすれば案外心が楽になるものです。」などなど。そりゃ言葉としてそういわれれば理解できなくはないけれど、でもその響きはどれもこれもなんだかどこからか借りてきたような、内容があるようで無いかのような他人事で無責任な物の言い方に聞こえてしまいます。


 そこで、「そのあたりは正直私にもわからないのです。はっきりとお伝えできれば本当にいいのですけれど。」と、申し訳そうな言葉が口をついて出ることになる。「え、こんな単純な質問に答えてもらえないのですか?それでよくカウンセラー務まりますね。」と、感情的に反発されたほうがまだしも楽なのですが、「そうですよね。それがわかれば苦労ありませんよねけっきょくは自分の問題だしわかってはいるのですけど」と、悩む相手がかえってこちらを気遣うエネルギーを絞り出し、内面とは裏腹の穏やかな、けれども諦めとも取れる表情で切替えされると、自分の無力さが身に染みてきます。


あなたは葉書に、「どうして何もかもこんななのですか?」と書いている。子どもですねぇ、人生は昔からまさしく「こんなもの」ですよ。苦しみ、分かれ、憧憬、すべてが人生にはつきものです。つねにすべてをそのまま受けとり、すべてが美しく思えるようにならなくてはいけません。少なくとも私はそうしています。頭でひねりだした知恵からではなく、たんに生まれつきそういう性質なんですね。それが唯一正しい人生の受け取り方だと、本能的に感得しているのです。だからどんな状態にあっても、ほんとうに幸せに感じる。自分の人生からなに一つ手放したくはないし、過去のことであれ現在のことであれ、なに一つ別なふうであったらよかったのにとは思いません。

 (『ローザ・ルクセンブルグ 獄中からの手紙』大島かおり編訳 みすず書房)


 強い人間になるのは案外たやすくて、優しい人間でいるのもまた同じかもしれません。けれども、強く優しい人間であることはとても難しいことだと痛感します。「アンネの日記」のアンネ・フランクやこの鉄人ローザのような人生観を持ち生きることは、並大抵のことでないのでしょう。だから、どうしたって、わかってはいるけれど、冒頭のような浅慮な願望をつい持ってしまう。


 悲しみの接続時間を導き出す方程式がどこかにあるはずだ。オンラインで通貨の換算をしてくれるのに似たような計算機が。年齢、性別、職業、人間関係などの項目に入力する。出てきた数値を故人との親密度で割る。あれこれと項目を追加する必要がある。それで数値が―有限量がー出る。正確に573日後には胸の痛みが止まるという保証が得られる。だいたい、パキスタン・ルピーをポーランド・ズロチに換算できるのなら、ヒトゲノムを解読したり火星の土の成分を解析したりできるのなら、心の傷が癒えるまでに要する期間を算出できてもそろそろいいはずだ。

 (モー・ヘイダー「人形」北野寿美枝訳 早川書房)


 願望というより、私がふと漏らす人生の弱音です。


~いつもお読みいただいてありがとうございます~

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2016-06-04 11:51 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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