風を聴く~ 小寒&大寒の頃’17


年も改まり暦の上では小寒、「寒の入り」を過ぎ冬の寒さがいっそう厳しくなってきます。北国からは毎日のように大雪の便りが届く一方、東京など関東の平野部ではたまの風のない穏やかな日中はそこそこ暖かいものの、たいていの日は冷たく乾燥した北西の風、いわゆる「からっ風」が吹き寒さに一層拍車がかかります。そんな日は体感的には実際の気温よりずっと寒さが感じられ、外に出るのも嫌になってしまいます。北海道出身でもう東京生活何十年というわたしの知人でさえ、いまだに東京のこの「不快な冬」に馴染めず、北海道の冬の方がむしろずっと楽だといいます。

 冬のからっ風といえば、かつての私の実家は、四方を田んぼに囲まれ遠くどこまでも見渡せる関東平野のど真ん中あたりに位置する地域にありました。たいていの日には、東は筑波山、南には新宿副都心の高層ビル群、西に富士山、北は上州の赤城連山までとじつに遠くまでよく見えたものです。そんな真っ平な場所に位置する実家の冬は、強烈な通称「赤城おろし」のからっ風をまともに受ける毎日。地元の県立高校に通っていた私は、向かい風の赤城おろしをまともに受けながら、結構な距離を悪態つきながら毎朝自転車通学していたものでした。そうしたわけで、いまだに私にとってこの乾燥しきった冬の風の日は、少々気持ちが萎えてしまいがちになります。



 現在の仕事場から十数分も歩くと有栖川宮記念公園があります。もともとこの土地は江戸時代、旧盛岡藩の下屋敷があったところで、今も公園沿いのドイツ大使館前の坂は『南部坂』と呼ばれその名残をとどめています。明治以降は有栖川家宮家など皇族御用地となり、現在は東京都港区が管理している公園です。古川(渋谷川)沿いの麻布台地の突端に位置する起伏に富んだ傾斜地形を生かした豊かに緑生い茂る広大な公園には、池や清水湧き出る渓流もあり、春は梅や桜、ハナミズキ、夏には花菖蒲、秋はイチョウやもみじなど、四季折々の季節の花木が園内を彩り訪れる人々を楽しませます。近所には外国人居住者や大使館も多く、国際色豊かな地元住民の散策と憩いの社交場であり、チビッ子達にとっては格好の冒険場です。

 そんな季節の花々や水辺の美しさもさることながら、有栖川公園の一番の魅力は何といっても公園全体にうっそうと生い茂る数々の大木、老木でしょうか。イチョウや樫、クスノキにケヤキ、椎、ブナ、ポプラ、そしてマツやスギの仲間など、数多くの木々が周囲の住宅都市景観とは一線を画する異次元の空間を作り出しています。夏にもなれば、ロスト・ワールドばりのまさに熱帯密林ジャングルと見まがうばかりに繁茂する様子は、ここが都心であるとはちょっと思えないほどです。私が公園へ行く主な目的は、公園内にある都立中央図書館での調べものや図書の閲覧なのですが、都心ではめずらしいほどの豊潤な緑と堂々たる体躯の樹木を愛でる数少ないチャンスとばかり、行きに帰りにとなにかと公園内で道草を食ってしまいがちなお気に入りの場所で、それはあの苦手なからっ風が吹く今の時期でも不思議と変わりありません。

 公園の高台の手すりにもたりかかり、あるいは木々に囲まれたベンチにほんのいっとき腰を下ろし、ひとり静かにボーっとあたりの木々に視線を向けながら、周囲の自然が生み出す空気と風の流れに身を任せていると、寒さを感じつつも心地よさも同時に覚えます。都会のビルやコンクリートの間を吹き抜けるのと同じものとは思えないほどの、強く冷たいが、それでいて自然と笑みがこぼれてしまうような当たりの柔らかい森と土の香りを運んでくる風と、強風に揺れる木々が奏でるそれぞれに個性あるざわめきとが、身体と頭の中をやさしく吹き抜けていくようなそんな感覚を覚えます。それはなにか、日常つい溜め込んでしまいがちな不安や緊張、頭の中から離れようとしないさまざまな執着や感情をきれいに洗い流し、身体がそして心が今本当に必要としていること、本当は抱え込む必要のないことを気づかせようと、乱れた体内リズムをリセットし、周囲の自然のリズムへと回帰、同期させてくれるかのようです。

そうした折、実家での少年時代の苦々しい思い出ばかりのからっ風にも、例外的に好きになる時があったことを先日ふと思い出しました。就寝時、夜半を過ぎもう寝床に入ろうかという時に戸外から聞こえてくるからっ風の音や振動がそれでした。ゴーゴーと唸りをあげ吹き荒れる寒風が木造の家屋をきしませ、雨戸や屋根瓦をガタガタ震わせ、庭の木々をせわしなくしならせ揺さぶる、そんな夜に限って何故だか気持ちよく眠れたこと、翌朝はまた強烈な向かい風の中を通学しなければならないことなどすっかり忘れて、「ああ今晩はよく眠れそうだ。」と、嬉々として目を閉じたことを思い出したのです。

台風や嵐のように急激な気圧や前線の変化に人間の身体と体調が敏感に反応することはよくあることで、胸に圧迫感を覚え息苦しさを覚えたり、怪我したり痛めている部分が疼いたり、妙な高揚感を覚えたりすることなどは経験的に知られています。そんなことと何か同じようなことかもしれませんが、このからっ風吹き荒れる夜の安眠はちょっと不思議な体験でもありました。おそらく心身の活動もすっかり鎮静化し外から守られた家屋の中、おやすみモードに入っていた私にとって、それが何ら身構えることもなくからっ風をただ感じ受け入れるにまかせることのできた特別なひと時だったからなのでしょう。それは今、時折有栖川記念公園で感じている、あのとりあえず何もかも脇に置いておいて、「自然のリズムへ回帰同期する」気にさせることと、どこか共通するところがあるのかもしれません。



考えてみれば、私たちは普段から絶えず仕事や人間関係、すべきことやしたいこと、さまざまな出来事や物事と対峙し、それらに注意を向け考え、準備取り組み、覚悟を決め、克服しよう避けようあるいは耐えようと緊張し身構えたりして日々を送っています。そうしたことは、周囲と環境に適応することで生き延び進化を遂げてきた人間という生き物にとって、ごく自然で当たり前の行動であり反応でもあるのですが、同時に私たちは程度の差こそあれ、常に心身をこわばらせスタンバイ状態でいることが、いつしか普通の状態になってしまっていることに気づかずに生きているようにも思えます。いっそう複雑多様化する社会や人間関係の中で、ヒトという社会的動物は、限りある心的資源を常にフル稼働させて生きていくことを求められがちです。そんな中ではなにもしないでいることは難しく、また無駄と感じてしまう、何かすべきだとの意識が、知らず知らずのうちに私たちのこころを占めている気もします。一見すると「なにもしていない」ことが、本来の心身の機能を回復させ、新たな適応と進歩へと導くエネルギーが補給されることに気づくことも、今の時代とても大切な事のように思えてきます。

年も改まり、いいスタートを切りたい、これを始めよう、あれをしなければ、今年こそいい方向へと向かうに違いないなど、今はなにかと「力の入ってしまう」時期ですね。でもそんなときこそ、いろいろなしがらみをそっと脇に置いて周囲と自分を少し切り離し、「風を聴く」「風に訊く」ひとときにしばし身をゆだねることだって悪くありません。実に気持ちのいい体験なのです。

 いつもお読みいただいてありがとうございます。

 メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2017-01-11 13:04 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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