2017年 02月 06日
途なかば ~ 立春の頃’17
立春と聞くと、つい春の気配を感じたくなるものですが、まだまだ風は身を切るように冷たく気温は上がらず、巷ではインフルエンザが猛威を振るっています。季節の移り変りは唐突にやってくるわけではなく、徐々に連続的に変化していくなかでふと感じるものなのでしょうが、何かと慌ただしい今の時代に生きていると、そんな変化すらうっかり見過ごしてしまいがちです。それでもついどこかに次の季節への手がかりを探し求めしまうのは、厳しい寒さの果てにやってくる春の誘惑ゆえでしょうか。日の出はちょっぴり早くなり日中の太陽の光も少しずつ力強さを取り戻し、加えて花粉の飛散が始まったのかなんだか目鼻が疼きだす日もちらほらと出始めました。途(みち)なかばの近くて遠い春、今はまだそんな感じでしょうか。
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「ロードムービー」という映画のジャンルをご存知でしょうか?恋愛やコメディ、アクションスペクタクルやSFといったわかりやすいジャンルというよりはむしろストーリー上のある種のスタイル、パターンのようなものといえるかもしれません。したがってひとによって定義や解釈は様々で、ジャンル横断的に存在する映画作品なのですが、古今東西を問わず多くのすぐれた作品があり、人気は根強く今もって作り続けられている映画の一スタイルといえます。わかりやすい例を挙げると、少々古いですが日本映画では『幸せの黄色いハンカチ』(山田洋二監督、高倉健、倍賞千恵子主演)、ハリウッド映画では『レインマン』(バリー・レヴィンソン監督、トム・クルーズ、ダスティン・ホフマン主演)あたりが有名でしょうか。人によっては、ミュージカルの『オズの魔法使い』や『ロード・オブ・ザ・リング』のようなファンタジー映画も旅するがゆえにまたロードムービーと捉えることもあるようです。
筋立ては比較的シンプルなものです。様々な理由から主人公(一人または複数)があるとき旅に出る、あるいはそれまでの生活の拠点を離れる(決意をする)。旅の道中、さまざまな出来事や人との出会いと別れを重ねながら物語が進行していく中、自分達を取り巻く人間関係やそれぞれの人生観との葛藤、直視し難い過去や今の境遇に悩み揺れ動く自分と向き合いながら生きる意味を問い、内面的成長を模索する主人公の姿を描いていきます。
目的を達成しハッピーエンドもあれば、せつない結末が待っている作品もある。何も変わることなく旅が淡々と続いていくものもあれば、解釈を観る人それぞれに委ねるような作品もあります。例えとして挙げたようなメジャーな作品にありがちな、スター俳優を配してドラマティックなストーリー展開を盛り込み、奇跡と感動、涙あふれるエンタテインメント的な作品よりも、むしろ無名の俳優や監督によるもの静かな語り口で淡々と進んでいく地味な低予算映画こそがロードムービーの真骨頂であり、そうした作品により秀作が多いといえます。主人公はとりたてて魅力的でも知的でもなく、たいていは人生における成功者とはお世辞にもいえない人物です。感動的な台詞や結末があるようでなく、何か特別なことが起きるかといえばそうでもない。観る側に強烈なメッセージを投げかけるでもない。しかしそうであるがゆえに、かえって私たち観る側の者に作品と登場人物への積極的な関与を求め、作者の意図を読み取る感性をかきたてる知的冒険へと魅了し、胸に迫る感動を呼び起こすのがロードムービーなのです。
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ロードムービーの最大の魅力は、ストーリー上で展開される事実表面上の旅と、主人公の内面で繰り広げられる内的世界の旅、さらに観客である私たちに自分自身と向き合うことを求める私たち自身の旅、という3つの「旅」が同時並行して進められていくことにあるのでしょう。娯楽として観るだけの映画を超え、私たち一人ひとりに自分は何者でありどこへ向かおうとしているのかを問いかけ、今と向き合い、過去と折り合い、未来というあいまいな存在の醸し出す不安と対峙する決意としての希望を育み、自己実現を求め続ける存在としての確認をたえず求めてくるのがロードムービーであるといえるかもしれません。
「人生とは旅である」という古典的でありふれたメタファーは、おそらくは私たち人間の無意識深くに刻み込まれた本能に近い感性かもしれません。この世に生を受け死という終わりを迎えるまで人生という旅は続き、人間とはどんなに歳を重ねても完成することのない存在です。喜びはほんのいっときかもしれず、あとの大半はむしろつらくて厳しいことが多いかもしれません。私たちの人生で唯一確かなこととは、皆いずれは死という終わりを迎える存在であるということだけであり、人の一生に数限りなく用意されている分かれ道や曲がり角のその先にどんな景色が広がっているのかは結局誰にもわからないのです。だから結局分かれ道のどれかを選び角を曲がり、その先の可能性と希望に賭けるしかない。明日を知るために今日を生きる、それが私たちの精一杯なのです。
だが同時にそうであるからこそ、「生きることほど、人生の疲れを癒してくれるものはない」(ウンベルト・サバ)、「人生は醜くくもなければ、美しくもなく、ただそれぞれに唯一無二である。」(イタロ・スヴェーヴォ)のでしょう。人に人生という道しか残されていないとすれば、やはり私たちは旅を続けなければならない。人生とは、未熟な存在である私たちが未熟ながら自分の力で生きていく覚悟を決めていく過程です。そんな長い道のりでふと迷い、息苦しさと疲れを感じている旅の主人公に偶然にも出会ったとき、少し手を差し伸べることができるのなら、あるいはしばしの旅仲間として一緒に歩んでいくことができるなら、それは私自身にとってもまた内なる旅であり学びに違いないと、日々仕事を通じて感じています。
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”ぼくは彷徨った、さまようのが、人間の性だから。
人生がぼくをうちのめしたが、敗けたのは
半分だけ。心は生き残った。
いまも、
ぼくのために夜の鶯は歌い、薔薇が
棘の中で、ひとつ、咲く。”
(ウンベルト・サバ『薔薇についてのヴァリエーション』須賀敦子訳 みすず書房)
”自然は完全なものだが、人間は決して完全ではない。完全なアリ、完全なハチは存在するが、人間は永遠に未完のままである。人間は未完の動物であるのみならず、未完の人間でもある。他の生き物と人間を分かつもの、それはこの救いがたい不完全さにほかならない。人間は自らを完全さへと高めようとして、創造者となる。そして、この救いがたい不完全さゆえに、永遠の未完の存在として、学びつづけ成長していくことができる。”
(エリック・ホッファー『魂の錬金術』中本義彦訳 作品社)
【おすすめの秀作ロードムービー】
*『怒りの葡萄』(1940年、アメリカ)監督:ジョン・フォード
主演:ヘンリー・フォンダ、ジェーン・ダウエル
*『道』(1954年、イタリア)脚本(共同)・監督:フェデリコ・フェッリーニ、
主演:アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ
*『ヘッドライト』(1956年、フランス)脚本(共同)・監督:アンリ・ヴェルヌィユ
主演:ジャン・ギャバン、フランソワーズ・アルヌール
*『ペーパームーン』(1973年、アメリカ)製作・監督:ピーター・ボグダノヴィチ、
主演:ライアン・オニール、テータム・オニール
*『スケアクロウ』(1973年、アメリカ)監督:ジェリー・シャッツバーグ
主演:ジーン・ハックマン、アル・パチーノ
*『ハリーとトント』(1974年、アメリカ)製作・監督:ポール・マザースキー、
主演:アート・カーニー、エレン・バースティン
*『パリ、テキサス』(1984年、西ドイツ・フランス)監督:ヴィム・ヴェンダース、
主演:ハリー・ディー・スタントン、ナスターシャ・キンスキー
*『ダウン・バイ・ロー』(1986年、アメリカ)監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
主演:トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ
*『ストレイト・ストーリー』(1999年、アメリカ)監督:デヴィッド・リンチ
主演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク
*『ブロークン・フラワーズ』(2005年、アメリカ)監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
主演:ビル・マーレイ、ジェフリー・ライト、ジェシカ・ラング
*『ネブラスカ』(2013年、アメリカ)監督:アレクサンダー・ベイン、
主演:ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ
*『ラスト・ムービースター』(2017年、アメリカ)監督:アダム・リフキン
主演:バート・レイノルズ、アリエル・ウィンター
最後までお読みいただいてありがとうございます。
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