誰が為に鐘は鳴る(Ⅱ) ~ 清明の頃’17

 

 自宅の呼び鈴が鳴って起こされたのは休日の午前中のこと。普段ならとっくに起きている時間ですが、日曜日とあってうっかりかなりの寝坊をしてしまったのでした。眠気まなこで休みのこんな時間にいったい誰だと内心ぶつくさ文句を言いながらインターホンに応対すると、明るく礼儀正しい声が響いてきます。

「おはようございます、宅急便です。お荷物のお届けに参りました。」

「なんだ、宅配か。」何か注文したかな、などと思いながらも依然としてボーッとした面持ちでドアを開け、差し出す伝票にサインし相手と視線を交わすこともなく、おざなりのねぎらい言葉をモゴモゴと口にして荷物を受け取る私。

「すみません、お休みのところ。失礼いたしました。」丁寧な言葉とともに一礼して静かにドアを閉め去っていく宅配業者の方。

 何でもない、日常誰もが経験する宅配便業者さんとのやりとりです。でも次第に目も覚め、丁寧に梱包された荷物を開封し品物を手に取りながらふと、インターネットの普及によってありとあらゆるものがいとも簡単に素早く手元に届くことがあまりに日常のこととして定着し、宅配流通業界のサービス過熱競争と宅配ニーズの爆発的な伸びの結果浮き彫りとなった、深刻な人手不足と流通末端での過酷な労働実態についての昨今の連日の報道が頭をよぎりました。

 曜日や日時を問わず、少しでも早く、送料もなるべく安くときには無料で、さらにはこちらの都合に合わせ再配達も思いのままといった、至れり尽くせりのある意味身勝手な望みを当然のこととして手に入れてきた私たちは、おそらくこうした宅配業界の窮状によるサービス低下を一時的には受け入れるでしょうし、企業間の過熱競争にも一定のブレーキがかかるかもしれません。しかしやがてひとはまた飽くなきサービスの改善を期待し、企業もまた生き残りのためのサービス合戦と価格競争に身を投じることとなるのでしょう。なぜなら私たちは、過去よりももっと便利で、もっと豊かな暮らしを享受する生き方こそが人類の進歩である、と信じさせる社会に暮らしており、利便性の低下や成長や進歩の停滞が許されることのない競争原理がその社会を依然強烈に支配しているからです。絶えることのない過労死や労働災害、ブラック企業の問題、付け焼き刃的な労働時間短縮の法令措置の実効性に疑問符がつけられる中、疲弊していくさまざまな現場の辛苦はこれからも続いていくことは避けられないそうにありません。そうした懸命に職務をこなす人々に対し、せめて笑顔で心からの感謝と労いの気持ちを言葉で伝え表現することがどんなに大切なことか、休日朝の宅配業者とのやり取りの際にうっかり自分のとってしまった言動を反省しながら考えさせられました。

 

 前回のブログで触れた、映画『誰が為に鐘は鳴る』(原題’For Whom The Bell Tolls’も)タイトルの意味するのは、時を告げ、祝福や哀悼、黙祷の意をあらわし、また集会を通知し災害の発生を知らせる役割を持つ街の鐘の音が、すべての人に分け隔てなく届く(べき)ものであるように、崇高で正しい行動や人知れず行う努力、誠実で切実な願いは、たとえそれらがどんな名もなき人によるおこないであろうと、やがて必ず多くの人々の知るところとなり、神のもとへも届き神の祝福が与えられるであろうという宗教的色彩の濃い表現です。

しかし、激しい変化のスピードや複雑多様化する生き方や価値観、限られた時間とに追われ、さまざまな問題に対する出口をなかなか見つけることのできない閉塞した状況を抱えるように見える今の私たちの社会にあっては、人々のあいだにあますことなく鳴り響かせる鐘は、街の教会やお寺、行政施設、職場や工場にあるのではなく、私たち一人ひとりの心の中にあるべきものなのでしょう。

『誰が為に鐘は鳴る』が、恋人達を守るため敵の追撃をひとり食い止め命を犠牲にすることを選択した主人公と犠牲となったその他の勇気ある人々に捧げられた言葉であるように、前回のブログでも触れた依然苦悩を続ける東日本大震災の被災者の方々であれ、老人福祉施設に入居されている私のクライアントのような人々、そしていつも荷物を届けて下さる宅配業者をはじめ様々のサービス末端であえぐ人々に対してであれ、その存在と行為をしっかり見届ける私達もまたいることを伝える、ほんのささやかな日常の配慮と勇気。誰彼が鳴らすのを待つのではなく、私たち一人ひとりが、「決してひとりではない」ことの心の鐘を鳴り響かせ、周囲へとその思いを伝えていくこと。和田アキ子さんの昭和歌謡の名曲のタイトル、『あの鐘を鳴らすのはあなた』もまた今の時代だからこそ、私たち一人ひとりに求められているのだと、あらためてそうした人々から教えられるのです。


最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂


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by yellow-red-blue | 2017-04-04 18:00 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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