深く、静かに(Ⅰ) ~ 穀雨の頃’17

 
 「あ、会えた。お久し振りです。すっごい偶然じゃないですか?」

外での仕事を終え仕事場へ戻ろうとお昼時に近所を歩いていると、前からいきなり声をかけてきたのは、昼食を済ませて近くのオフィスへ戻る途中の友人Hさん。Hさんとはもうだいぶ以前からの知り合いですが、お互い忙しいこともあってなかなか会う機会もなく、メールでの近況報告程度でのやり取りでずっと済ませていたのでした。ばったり会う日のそれもわずか数時間前に会いたいですね、などとメールのやりとりをしたばかりで、「すっごい偶然」などと言う表現をHさんが用いたのにはそんな背景があったからです。

 でもこれは「すっごい偶然」とはいえないかもしれません。元々お互いそう離れてはいない場所で仕事をしていて、行き帰りのルートに共通しているところも多い状況があります。さらに12時~13時までの規則正しいお昼休みを取る部署へ最近異動になったばかりHさんにとっては、その時間帯に外へ食事に出かけるのはほぼ毎日のことで、しかもそのあたりの勤め人が1時間という限られた時間内で昼食へ繰り出す界隈はさらに限定され、そうすると1310分前くらいにはいつものルートをたどるのがパターンになっていること、などなど。つまりはシャーロック・ホームズ流に推論すれば、ばったり会うことはいわば「偶然」というより、いずれは会うことになる「必然」であったと言えるかもしれません。

 先日も、ちょっとした用件である友人に電話をかけた際、「おい、偶然だな。お前に連絡しようと思っていたところなんだ。実はちょっと相談があって。」とやや驚いたような声。しかしこれもよくよく考えてみれば、私が友人の心を読んだからというわけでもなんでもなく、そんなにびっくりするような偶然でもなかったかもしれません。その友人の暮らしや仕事のパターンはよく把握しており、年度末の忙しい時期を過ぎ、今が一年で最も時間に余裕のある時期であるところを知っていた私が、その時期や時間帯を見計らって連絡したこと、そしてその時彼にとっては長い間心の大部分を占める心配事があった、つまりは「四六時中」そのことについて考えており、そういった悩み事が紡ぎ出す彼の思考や感情の情報ネットワークがカウンセラーを職業に持つ私という存在を常に意識的無意識的に刺激していたわけで、仕事がひと段落したこの時期に私に連絡してみようかという考えが頭の中にずっとあったことはごく自然なことだったのかもしれません。

 私たちは、予期していなかったことが起きたり、誰にも言わず心にとどめていた期待や思いが現実に起こったりすると、その偶然性に驚き、嬉しくなり、ツイている自分、ひょっとして何かいいことの予兆のようなもの、自分の思いが現実となるような万能感を抱き、ついハッピーな気分になってしまいます。そして、心と心が見えない何かでつながっているのでは、というあらぬ幻想すら時に抱くものです。そうした偶然にはたいがい必然の要素、いわばちゃんとした理由なり背景があることのほうが多かったりするもので、つまり私たちは理由ある多くの必然よりも、数少ない偶然の要素につい引っ張られてしまいがちなのです。そんなちょっと非日常的と思えるささいな出来事で心が軽くなったり、やる気スイッチが入ることがある私たち人間は、なにやらちょっと微笑ましい存在ですが、一方で私たちの心と行動の関係がなんでもかんでも結局はちゃんと説明のつくことである、というのもまた少し言い過ぎかもしれません。

 いったい「心」とはなんであるのかを解明することが、心理学に携わるすべての人々の最終的な目的といってもいいかもしれません。生物学や神経生理学、あるいはまた認知神経科学等の領域においては、心とは脳の働きであるとの仮定に基づいて、私たちの心の機能と行動に関する生物学的基礎を明らかにしていくことが主要な課題です。こうした分野においては、近年脳機能画像技術やコンピュータの進歩による分析と研究が進み、人類にとっても有益な知見が蓄積されつつあるのですが、一方で脳の仕組みがわかれば私たちの心の全貌もまた解明されると考えるのもまた早計であるかもしれません。「肉体」イコール「命」であると断定するのに抵抗があるように、やはり「脳」イコール「心」であるとは簡単にいかないようです。

 日本語では「心」という言葉に相当する表現として、たとえば英語では、mindheart、そしてsoulの3つが挙げられます。一般的にはそれぞれが意味は重なり合いながらも微妙なニュアンスの違いがあり、使う人によってもまたその定義はさまざまです。心理学の領域ではこの3つをかなり使い分けて考えているかもしれません。mindは言ってみれば「知的な」心の働きであり、たとえば知覚や記憶、注意や言語、推測、認知を主に意味します。一方、heartは心臓という臓器も意味しますが、より情緒的な働き、他者を思いやり共感したり、その他様々な感情を抱く、といったいわば心の「社会的な」働きを指します。そして最後に残るsoulとは日本語でも「魂」と言う言葉が相当しますが、肉体とは別個の、死後も存続するといったいわゆる「霊的な」存在、あるいは生命の実存や意識を超えた超越的なもの、との捉え方をします。

いずれもが実体として目に見えないものではあるのですが、おおまかにmindが学術的な基礎理論研究領域において、またheartが主にカウンセラーやセラピストといった心理臨床の場面において意識されるのに対して、soulについては、心理学に携わる人間は基本的に不可知論的立場、つまりその実体としての本質は認識できずにとりあえずは「わからない」とする立場をとり、ほとんど研究や関心の対象とはなりません。「わからない」ということは、それを「科学する」ことができないことを意味します。「科学する」とは、ごく簡単に言ってしまえば「計測する」ことです。つまり何らかの方法によって実際に測ることができるかできないかが重要であって、soulとはそれができないからその存在が「わからない」とするのです。

 しかし、ひょっとするとそうしたsoulの部分もまた今後数十年、百年のスケールで、心を解明する重要な領域として認識をあらたに研究が進むことも考えられます。かつて心理学の創成期ともいえる19世紀末から20世紀の初頭にかけて、フロイトやユングといった心理学の偉大な先達たちは、深層心理の世界、無意識の世界に光を当てることに精神疾患の治療的意義を見出し、私たちの心の働きやしくみの解明に画期的な貢献をしました。その流れは多様な進化と発展を遂げ現在にまで至っていますが、しかし一方で20世紀の科学技術の飛躍の時代に入り、そうした精神力動的・深層心理的な研究アプローチは、抽象的概念的な領域や機能を仮定していること、科学実証的視点の根拠の不足など、さまざまな批判を生むことにもなり、やがてより科学実証的根拠に基づいた行動主義的あるいは認知主義的なアプローチに基づく心理研究が時代の主役となり、それらは先に挙げたような脳研究の発展とあいまって、心がより具体性あるモノと同一視した対象として研究される流れになってきました。

 しかし、皮肉なことに、そうした心のモノに近い形での研究や分析が進めば進むほど、かつて隆盛を極めた無意識(非意識)の世界の重要性もまた、心理学の多くの分野において再注目されるようにもなってきました。何故ならば、理解が進めば進むほど、理論が精緻化され洗練されればされるほど、結果として次にそれでは説明のつかない「わからないこと」が人間の心や行動の問題に出てくることとなったからです。学問や研究のような知的探求作業とその進歩には共通してこのような2つの側面が特徴的にあります。つまり、わかればわかるほど、次にまた「わからないこと」「知りたいこと」が発生するということ、そしてもうひとつが、前に進めば進むほど、時代遅れあるいは根拠がないものとして批判を受けたり忘れられた過去の主張や知見への回帰への要請が生まれ、そこへ新たな価値や発見を再度見出すことです。

 私たちが普段生きていくために使っている「意識」の背後には、広大な無意識の領域が広がっています。無意識は、mindheart、そしてsoulいずれの領域においても重要な役割を持つものと考えられていますが、この無意識の領域のことはまだほとんどわかっていません。ユングも指摘しているように、広大な無意識とは、「心の可能性」という広大な領野であり、どのように科学や技術が進歩したとしても、その解明に寄与できるのはそれぞれが心についてのほんの一つの視座を提供できるに過ぎないといえるのです。人は身体や脳を「科学」することはできるが、「わたし」や「私の人生」を科学的な問題として捉えることはできないのかもしれません。

私たちの心が何であるのか、そしてその心の働きゆえにわたしたちはヒトである、ということを理解していくためには、物的なリアリティや客観的な現実がこうなのだからこれこれは誤解である、それは思い過ごしである、とは言い切れない、割り切れない領域を扱うことなのだ、という認識に常に開かれていることが求められるとも考えています。


最後までお読みいただいてありがとうございます。

   

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by yellow-red-blue | 2017-04-21 11:50 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心安らぐ経験や出会いなど、時にカウンセラーとして、時に仕事から離れ、思いつくままつらつらと綴っています。


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