パワースポット(Ⅱ)~ 寒露の頃’17


東京の芝浦地区といえば、さまざまな船舶が行き来する水路と運河に囲まれた東京湾の埋め立て地で、かつては企業や工場、物流保管倉庫ばかりが立ち並ぶ港湾商業の街といった風情でした。その一方でバブル華やかなりし頃、ウォーターフロント地区と呼称され、ディスコやクラブ、おしゃれで斬新なレストランなど、流行の発信地として一時人気と話題が集まったものでした。

現在の芝浦は、人の住まう暮らしの街として再開発も進み、クルーズボートも優雅に行き交う運河沿いに快適な遊歩道や公園が整備され、高層マンションに商業施設、オフィスビルへと、洗練されたベッドタウン的運河エリアへと変貌を遂げています。最寄りのJR田町駅や品川駅周辺も2020年東京オリンピックをにらんで急ピッチで再開発が進み、港南地区一帯が急速にその表情を変えつつあります。

そんな芝浦運河地区のランドマークともいえる芝浦アイランドからほど近く、目の前すぐを運河と快適な遊歩道とに周囲を囲まれ、ベンチがいくつか置かれた陽だまりのとある一角が、いわば私の個人的パワースポットです。地元で暮らす方にとっては憩いの場所としてお馴染みのようですが、だいぶ奥まった場所に位置しているためか外からの訪問者はあまりおらず、明るく開放的な場所にしては穏やかでひっそりとした雰囲気です。私の仕事場や自宅からではキビキビと歩いても小一時間はかかってしまうような場所なのですが、たまに時間を見つけては昼に夕に休日にと、つい訪れてしまうお気に入りの場所です。



ぐるりと周囲を取り囲む運河は、小さな商船やタグボート、水上タクシーや観光クルーズ船などが行き交い、川面を爽快に揺らすその波の音は海風に乗って漂うかすかな潮の香りと相まってとても心地いいです。水辺の鳥の姿もここは意外と多く見かけ、野鳥観察よろしくしばし目を楽しませてくれます。

ベンチに腰掛けると正面から右手にかけて、いくつかの運河が合流する広い水のたまり場のような場所が広がっています。その運河溜まりの左手奥に大きな水門がありそのすぐ先は東京湾。水門の向こう側にわずかに臨むことのできるお台場やレインボーブリッジの上空をゆったりと上昇下降していく旅客機は、羽田空港が近いこともありその機影はまた十分に大きく見えます。

そのまま左に視線を移せば、すぐそばを流れる運河の向こう岸に物流倉庫のバックヤード群がずらりと並び、巨大な搬入作業口やクレーン、複雑にうねるダクトがむき出しに、かつての倉庫街の姿を見せる一方、こちら手前のベンチ側の背後には今どきの巨大なハイタワーマンションがそびえ、対岸の倉庫群とは対照的に子供たちの遊ぶ声や人の気配を感じさせるさまざまな生活音が、高層建築を這い上がるように周囲へと反響します。そしてどこまでも続く長い遊歩道は、散策やジョギング、ペットとの散歩を楽しむ人、遊歩道の手すりにもたれかけながら会話を交わしたり、しばしあたりの景色を眺める人々にとって、格好のやすらぎと憩いの空間です。

 圧巻は、正面の広い運河だまりのその向こうに広がる、品川や天王洲エリアにそびえる高層ビル群の雄大な都市の眺めです。個性的なデザインとカラフルなガラスをたっぷり使い幾重にも聳え立つハイテク高層ビル群に交じって、昭和の20世紀を感じさせる灰色にくすむ古い工場や港湾施設、高度経済成長期には庶民の憧れだった古い公営団地のひょろ長いコンクリートの建物が立ち並び、それらすべてが複雑に錯綜しひとつの巨大な塊のような景観となって眼前にせまります。運河のすぐそばを長い2つの鉄道高架橋と首都高速がうねるように走り、白く流麗な新幹線や空港へと向かうモノレール、大量の自動車がそこを行き交い、摩天楼に吸い込まれるように消えまた吐き出されていく様は、SF映画の近未来都市を見ているかのようであり、同時にまたなぜか懐かしく「いつかみた風景」でもあるような不思議な感覚に襲われます。それはもしかすると、その眺めが私が小さな頃よく子供向け雑誌や絵本、漫画などでさかんに描かれ、見るたびに胸躍った21世紀の「未来都市」の姿にオーバーラップするからなのかもしれません。


 


個人的に素敵な思い出や出会いがあった場所でもなく、特別美しくもなく、自然がたっぷりというわけでもありません、むしろ巨大な文明の塊と騒音に囲まれたこれほど人工的な空間もないといったらそうなのかもしれません。が、昭和の高度成長期を支え現在の経済的繁栄の礎をもたらした数々の産業建造物と、21世紀のこれからを彩る新しい都市機能の数々とをひとつに凝縮したような光景を同時に視野に収めることができるこのベンチが、私にとってもうひとつの「幸せの場所」でもあるのは、そうした光景が私の生きてきた時代や社会そのものであり、そしてそんな中、遊歩道やベンチで出会う今を生きる幼い子ども達や若者、家族や夫婦、年老いた人々の姿それぞれが、自分の過去であり、現在であり、そして未来でもある、自分の人生そのものであることにしみじみ思いを馳せることを求めてくる場所であるからなのでしょう。

こうした風景が語る世の中と私の人生にはどんな接点があるのか、いったい自分という存在が、この巨大な景観や時代にどのようなパズルの一片としてはめこまれてきたのだろうか、ふとそんなことを考えることもあります。よくよく考えてみれば、何ら貢献していない気がするし、実際ただ自分の小さな人生を生きてきただけのようにも感じます。でも最近は、そんなことに意味はないのかなとも感じるようになってきました。誰もがそしてすべてがどこか遠くで確かにつながっているからこその世の中だと考えると、人生とは社会とはそして未来とは面白いものだ、そうでなければ人は生きてはいけない、そう思えてきます。誰にも価値があり価値のない人生などなく、けっしてひとりだけの人生などありえないのだ、と。

幸せの場所は人それぞれです。自分の家族がいる家が、家庭がそうと考える人は多いでしょう。仕事場がそうだという人だっているかもしれない。たった一つだけの人もいればいくつもある人もいるでしょう。あるいはそんな場所など考えたことのない人もいれば、まだ見つからない人もいるでしょう。そこを探すこともまた生きることの意味であるかもしれません。

私にとってパワースポットとは、今までの自分の人生がどのようなものであったにせよ、なんとか生きることができた、そしてこれからもなんとか生きていく、そう思えることにほんの少しだけ勇気がわいてホッとする、そんな『愉し(たのし)せつない』場所のようです。

そしてまた、私のカウンセリングルームが、訪れるひとりでも多くの人にとってそんな場所の一つになれば、と日々ひそかに願っています。


“とるに足りない存在でいることには、計り知れない利点がある。”

                         (ソール・ライター)


最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2017-10-08 12:15 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、時にカウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」を見つけてもらえたら、と思っています。


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