2018年 12月 07日
ニューシネマパラダイス! ~ 大雪の頃’18
初夏を思わせるほどの暑苦しさで始まった今年の師走は、大雪の頃を境にようやく本格的な寒波が全国を覆い始めたようで、正常に戻ったことになぜかホッとするやら、でもやっぱりこの寒暖の差には辟易するやら、なんだか妙な気分の年の瀬の始まりとなりました。
この季節になると、青森に住む友人から地元の農家から直接仕入れたおいしいリンゴがいつも山のように届きます。青森でも今週ようやく雪が降り始めたと思ったら、この週末はもうドカ雪の予報だそうです。
毎年当たり前のように受け取ってきたリンゴですが、段ボールにぎっしり詰め込まれた赤い実を眺めながらふと、厳しい寒さと風雪があたりを覆いつくす長い冬、周囲の純白の銀世界とは鮮やかに対照的なリンゴの赤い色は、青森の人々にとってはずっと特別な色なのかもしれない、色や形は同じといえども、都心に暮らす私のような人間が、人工照明で照らされたスーパーの食品売り場で出会うリンゴとは随分と違う存在に映ってきたのかもしれない、そう思ったのです。
その友人の二人の子供は今年そろって受験を控えていて、もういろいろと大変なのだとか。青森のリンゴの赤色は、そこに生きる人それぞれの人生さまざまな出来事や苦労の思い出と記憶とが塗り重ね合わさった赤なのかもしれません。
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私がたびたび自宅を訪問するクライエントにSさんがいらっしゃいます。一人暮らしが長い70代後半のSさんは、足がご不自由なため、私の方から定期的に自宅に出向いているのでした。そこでいろいろなお話をするのですが、必ず出てくる話題が映画です。かつては娯楽の中心だった映画にSさんは小さなころから慣れ親しみ、それこそ数えきれないほどの作品を鑑賞してきたのだそうです。それは今でも変わらず、テレビの横の棚には通販で購入したと思しき、映画のDVD名画全集がずらり。
それもそのはず、かつて終戦後間もない一時期、Sさんのご実家は、ある地方都市の繁華街で当時としては珍しい洋画専門上映館を経営なさっていたのだそうです。戦時中長らく禁止されていた敵国映画たる欧米映画が、敗戦国日本にどっと押し寄せてきた時代でした。戦争に敗れ、一面焼け野原から裸一貫の出直しを始めて間もないこの国で、映画館の薄暗い場内のスクリーンに映し出される外国映画の織りなす絢爛たる銀幕の世界は、文字通り別世界のことのようにSさんの脳裏に深く焼き付いたことでしょう。
今でも世界中でたくさんの映画が作られており、劇場だけでなく気軽にDVDやインターネットを通じて数多くの古い名画も楽しめる時代になりました。思い出の名画ばかりでなく、新しい映画作品もよく見るというSさんですが、Sさんに言わせれば、かつて今ほど娯楽に恵まれず社会環境も貧弱で、まだまだ多くの日本人が貧しかった時代に見た映画の世界は、単なる余暇の楽しみや気晴らしを超え、人生そのもの、人生における先生であり友人であり恋人でもあったといいます。
たとえ今そうした映画を後年の世代が安楽に観ることができるようになったとしても、そこには冒頭述べたような、青森の人たちにとってのリンゴと私が経験してきた都会のリンゴほどの違いがあるのかもしれません。
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少し前の話になりますが、イギリスの国営放送BBCが、世界の映画専門家による投票をもとに選出された「映画史上最高の外国語映画100」と「映画史上最高のアメリカ映画100」をインターネット上で公開していました。両ベスト100中、上位10傑を以下に挙げてみます。
【映画史上最高の外国語映画100】(タイトル、製作年、監督名、国) http://www.bbc.com/culture/story/20181029-the-100-greatest-foreign-language-films
第1位 七人の侍(1954)黒澤 明(日本)
第2位 自転車泥棒(1948)ヴィットリオ・デシーカ(伊)
第3位 東京物語(1953)小津安二郎(日本)
第4位 羅生門(1953)黒澤 明(日本)
第5位 ゲームの規則(1939)ジャン・ルノワール(仏)
第6位 仮面(1966)イングマール・ベルイマン(スウェーデン)
第7位 8 1/2 (1963)フェデリコ・フェリーニ(伊)
第8位 大人は判ってくれない(1959)フランソワ・トリュフォー(仏)
第9位 花様年華(2000)ウォン・カーワァイ(香港)
第10位 甘い生活(1960)フェデリコ・フェリーニ(伊)
【映画史上最高のアメリカ映画100】(タイトル、製作年、監督名)
http://www.bbc.com/culture/story/20150720-the-100-greatest-american-films
第1位 市民ケーン(1941)オーソン・ウェルズ
第2位 ゴッドファーザー(1972)フランシス・フォード・コッポラ
第3位 めまい(1958)アルフレッド・ヒッチコック
第4位 2001年宇宙の旅(1968)スタンリー・キュブリック
第5位 捜索者(1956)ジョン・フォード
第6位 サンライズ(1927)FW・ムルナウ
第7位 雨に唄えば(1952)スタンリー・ドーネン/ジーン・ケリー
第8位 サイコ(1960)アルフレッド・ヒッチコック
第9位 カサブランカ(1942)マイケル・カーティス
第10位 ゴッドファーザーPartⅡ(1974)フランシス・フォード・コッポラ
私も映画にはずいぶんと慣れ親しんできたつもりでしたが、100作品のうち見たことのある作品はせいぜい6~7割ぐらいで、知ってはいてもまだ見ていない作品も多かったです。また、数多くの日本映画がベスト100に入っていることは、ある程度予想されたこととはいえ、日本人としてやはり素直に誇らしく思えました。
こうしたベスト100に数えられるような過去の名作を見ていて、特にここ最近20年くらいの映画(TV作品を含め)の多くが、いかに視覚上の刺激やスピード感、めまぐるしく変化する表面上のストーリー展開のみにその魅力の多くを負っているのかがよくわかります。常に何かが起きていないと、たえず刺激の侵入がないと耐えられない私たち。そんな私たちを飽きさせないものを供給しようとする映画製作者たち。ほんのわずかな隙間の時間ですらじっとしていられずに、思わずスマホの画面を操作してしまう現代人の姿がそれらとダブって見えてしまうのは決して偶然ではないのでしょう。
もし、普段あまり映画にはなじみのない方や古い映画は見ないという方がいらっしゃったら、もうすぐやってくるクリスマスから新年にかけてのしばしの休み、このベスト100を参考に、名画の世界に浸るのも悪くないかもしれません。なにも一位から見る必要はありません。新しい製作年の新しい映画からでもいいし、タイトルや内容が面白そうだと思うものを選んでもいいでしょう。中には難解な作品もあります。退屈に感じたりすることもあるでしょう。映画が製作された時代背景や空気、作品の芸術的意義を理解したり、その時代を生きていなければ本当の良さは伝わってこないものもあるに違いありません。
けれどもSさんがおっしゃったように、映画とは友であり、教師であり、恋人でもあるかもしれません。彼らとの間、そこには常に学びだけでなく葛藤や孤独、苦悩がある。だからこそ、その先の人生に喜びと希望もまたあるのだと気づかされるのです。
映画を純粋娯楽として割り切って楽しむことだってもちろん悪くありません。実際私もずっとそうしてきましたし、楽しみ方はそれぞれです。けれどもそれではなぜ人は、はるか遠い昔に創作された映画や音楽、文学や絵画といった諸芸術文化とその作品をいまだ愛してやまず、その輝きと価値を後世へと継承しようとするのか。それは私たち人間の「生」にとってそれらが確かになくてはならないものだからに違いありません。では、それはまたどうしてなのか。ときに考えてみるのも悪くないと思うのです。
いまどきの時代の先端や流行りもの、旬な物事はいっときは人の耳目を集めはするけれど、すぐに次のなにか他のものに取って代わられ、それら大半のものはいつしか見向きもされないただの用済みになってしまうものがほとんどです。けれども本当に価値ある画期的ものとは、時代や世代を超えいつの時代にも新しく、私たち一人ひとりの現存在へ常に開かれているものです。それを人は端的に「古典」と呼んできたのでしょう。
今年はどの映画を見て年末年始を過ごそうか、長いリストを見ながら久しぶりに今からちょっぴり楽しみです。
最後までお読みいただいてありがとうございます。
メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂
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