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ツバメ飛ぶ ~ 芒種&夏至の頃'19


 「生まれました!すごくかわいいんですよ。しかも四羽も!」

 カウンセリングルームへ入ってくるなり、息を弾ませながらそう報告するHさんの笑顔を見たのはもう何か月ぶりかのことでした。何のことかと戸惑っている私に、「ツバメです。ほら、教えてもらった巣です。ずっと空っぽだったからどうしたのかなと思っていたら、今日は小さな巣にギュウギュウ詰めで元気に鳴いているんです。なんだかうれしくて...」

 何の折りだったか仕事場近くのビルの駐車場の屋根の軒先の隅に偶然発見したツバメの巣と周囲を飛び交うツバメの姿の事を何気なく話題にしたところ、さんはどうやらそれ以来、カウンセリングに来る道すがらその巣を観察するのをひそかな楽しみとするようになったようでした。都心の空や街中を飛翔するツバメの姿が最近めっきり減ったようにも感じられ、巣作りや雛が孵る時期も随分後の季節にまでずれ込み気味なのも気になっていたものでしたが、思わぬ近所でのツバメの巣の発見という個人的な興奮がHさんにも伝染したようでした。


 

 カウンセリング中はいつもどちらかと言えば、ふさぎがちで涙が止まらないこともめずらしくないさんが、かつて経験した過酷な出来事とその後の人生の苦悩の複雑さについて考えるとき、そうしたことが実は誰しもの身に起こりうることであり、私たちの多くが普段何ひとつ疑いもなく享受している生活や人生、そして時には厳しく、ほろ苦くもそれなりに充実している日常が、実はそれほど当たり前なことでも努力や才能でひとり勝ち得たものでもなく、ほんのちょっとした運命のいたずらやすれ違いによっても、またかろうじて支えられてきたものでもあるということ、したがって、それらは実はどうにでも変わり得るとでも転びうるものである、というやるせない現実を私に常に突きつけてきます。

 カウンセリングの場面では珍しくないこうしたことについて、私たちが普段思いを巡らせることはまずほどんどないでしょう。というよりそうであるとは信じたくないのが私たち人間というものです。以前ブログで以下のようなことを書きました。


 “『いつだって誰にでも起こりうることなのだ、運命や偶然の巡りあわせでそうした人々はつらい仕打ちを受けただけで、自分は単に幸運に恵まれていたにすぎず次は自分の番かもしれない。』そうは考えたくはない私たちは、この世の中は公正な世界であって、よい人にはよいことが起こり、悪い人には不幸が起こるはずであるという因果応報的な世界観を堅持したい傾向にあります。自分はこんなにも頑張っている、正しく生きようとしているのだから、自分は違う、自分の身の回りには起こらないはずだと。したがって、こうした信念が脅威にさらされるような異常な事件やあまりに悲劇的な事柄、不幸で悲惨な境遇にあえぐ人々に直面した時、私たち人間は同じようなことが自らに起こる可能性を拒否し、さまざま原因のあら探しを始め、ときに被害者に何らかの非があり自業自得なのではないかとすら考え、何とか自分達の信念を守ろうとしてしまいがちです。”

 

 これは私たち人間が無意識に持っていると言われる多くの心理的バイアスのひとつですが、同時に心の安定に寄与する安全装置でもあります。この安全装置が機能することなく耐えがたい苦痛を現実に味わってしまった衝撃をどうすれば消し去ることができるのか、ありきたりでもいいから普通の人生を送ってみたい、そう日々苦闘し続ける人々もまた私たちのすぐそばにいるのだということをせめて知ってほしい。それで何が変わるのでもないと知りつつも、ついそうした願いが私の頭をよぎります。




 起きてしまったことはなしにはできないから、辛いものです。『起きてしまったことは忘れなさい。起きてもいないことをくよくよ考えるのはやめなさい。』一番シンプルな人生の教訓かもしれませんが、それが簡単にできるのなら私のような仕事は必要ありません。では、なんとかとりあえずでも楽になる方法はないか、あるいは過去に振り回されない方法はないか、と問われることもしばしばですが、けれども、この二つが心の問題で一番の難問です。がっかりさせてしまうことも多いのですが、実は私にもはっきりと明確な答えを出すことはできないことのほうが多いです。

 『これこれ(原因)をやったから楽(結果)になった』という単純な点と点の因果関係を経験することはほとんどないように思います。むしろなんとも頼りない言い方ですが、『とにかくあれこれ進んでいくうちに、いろんな変化が起き、治っていく』が実感なのです。

 結局のところ、カウンセリングの最後のよりどころは、それでもいい人生は誰にだって可能なのだ、人生には確かにそれぞれの生きる意味があり、歩む価値のあるものだと、ブレることなく信じていくことに尽きるのです。そう人が信じ続けてゆけるよう支え続けるためのさまざまな工夫の連続の積み重ねの先にある『変わっていく、治っていく』がカウンセリングであり、それが問題解決の一番の近道なのだと感じます。




 いつもとあまり変わらない調子に終始したカウンセリングを終えたさんは、それでも最後に明るく微笑みながら、「今日は家へ帰ってお祝いします。あんな素敵な光景に出会えたのだから。」とルームを後にしていきました。来週も今日のように少しまた笑顔がみられるだろうか?ツバメの雛たちのように偶然出会うささやかな日常の喜びがいくばくかの生きる力になることもある。でもやっぱり来週はもうそうは思えなくなっているかもしれない。それでもとにかくともに前へと進んでいく。その繰り返し。



最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2019-06-10 01:56 | Trackback | Comments(0)

メンタルケアと心の相談室 C²-Waveのオフィシャルブログです。「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、思いつくまま綴っています。記事のどこかに読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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