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「脅威」に備える・攻撃する人の心理③ ~ 白露の頃'19


 人が他人を攻撃する理由は、攻撃する側の人が相手から攻撃を受けたと感じているからそれに対して反撃するのだ、と述べました。攻撃する人にとっては、何らかの形で自分に向けられた「脅威」「危険」が存在し、したがってその脅威や危険から自分を守るために相手を攻撃したのだ、ということになります。こうした考えや行動の背景に、自己を守ろうとする生理的反応のようなものがかかわっていると前回述べましたが、これについて少し詳しく説明してみます。



 

 かつて人類(ヒト)は、恐ろしい巨大爬虫類や猛獣、自然災害といった外的脅威に対して今の私たちよりずっと脆弱な生き物でした。自然からの淘汰圧をどう生き延び種の繁栄を維持していくのかがすべてに優先されます。生命を守るための方策として獲得した生理的反応のひとつに、語呂合わせ的にわかりやすく「闘争か逃走か(fight or flight)反応」と言われるものがあります。これは正確には体の各器官の恒常性を維持する自律神経系のうち緊張や活動状態時に作動する交感神経の働きを指すものですが、わかりやすく言えば、相手が危険であるとわかれば一目散に逃げ、捕食される危険を「回避」なければならないし、戦えるあるいは戦わざるを得ないと判断されれば、相手に立ち向かい危険を「排除」しようとする自己保存本能です。「あの生き物はおとなしく害はない」「あそこの草むらには危険な生物がひそんでいるから近寄るな」「あいつは見たことがないから警戒せよ」などと監視を怠りません。

 いまひとつの基本的な生理反応が、まわりの状況に対する「コントロール欲求(反応)」です。これは身の回りをできるだけ自分にとってクリアでわかりやすい環境(世界)として理解したいとする欲求です。人は調和のとれた一貫性ある世界を本能的に好むのです。逆に「知らない」「違う」「矛盾」といった状況を嫌います。できるだけ安心を味わい安全であることを確認したい私たちヒトは、状況を自らの勝手知ったコントロール下に置こうとする欲求が強いのです。

 では、かつてヒトが生きのびるに必須であったこうしたワイルドな本能が、その後の進化の過程でヒトが食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨するに至り、不要となり消えていってしまったのかといえば必ずしもそうとも言い切れません。そうした自己防御的な本能を発動させる新たな対象として自然界の脅威に取って代わって出現したのが、大規模に形成されてきた「社会」や「対人関係」なのです。

 もはや生命身体の危険を感じる必要性のないはずの日々の社会生活の中で他者や他者のふるまいや言動について、実際にそうであるかは別にして私たちは「脅威」なり「危険」を感じ取ってしまいがちなのですが、これは何故なのでしょう?


 

 霊長類である私たちヒトは、およそ六百~七百万年ぐらい前に他の類人猿と分岐して以来、長期にわたる狩猟採集生活を経て一万年ほど前から定住農耕生活を始めました。実はヒトはもうすでにその時点で遺伝子的にいうと現代人と変わらない身体的知的ポテンシャルを有していたそうです。私たちの身体や脳、あるいは精神のメカニズムは、実はその進化上の歴史のほとんどの期間を占めた狩猟採集時代を生きるために長い間かけて完成したものであり、以降それらにはさしたる変化はなかったのです。  

 それが意味することは、数百万年という実に長い間かけて出来上がったこのヒトの心と身体は、それに比べれば時間にしてほんの一瞬であるといってもいい、たかだかここ二百年ぐらいの間に起きた目まぐるしいスピードで変化する社会経済環境や生活習慣、対人関係といういわば「大変動期」にリアルタイムに適応するようにはもともとできていない、ということなのです。

 七百万年の進化の過程の末の身体・脳と、わずか二百年足らずの間に急激に変化し今後さらにその変化のスピードは加速度的に上がっていくと考えられる現実の社会環境とのギャップというかミスマッチを、現代の私たちはせいぜいが百年というその短い生涯における発達や学習経験によって必死に埋め合わせ、変化に適応していかなければならなくなったのです。けれども、それにはもともと少し無理があるのです。頭では理解できても体はついていかない、そんな感じなのです。適応における個人差はそれこそ千差万別であることは言うまでもありません。

 私たち人間を様々な負担から解放し、快適で豊かな社会を実現するはずのさまざまな科学技術や経済の急速な発展を背景とする社会環境が、逆にこうしたミスマッチを拡大させ、常にどこか無理して生きることを余儀なくされる社会の出現を許してしまうという皮肉な現実があるようです。人間をとりまく社会環境が、それに適応するには種が変わってもおかしくないほどの劇的な変化を短期間に遂げてきたにもかかわらず、私たちは相変わらず「ヒト」のままでいることが問題の根本にあるといえるかもしれません。



 

 なんだか大げさな話になってしまいましたが、簡単にまとめてみます。ヒトにはもともと外的な脅威に対して回避するか排除するかを判断するための「闘争か逃走か反応」と「コントロール欲求」という自己防御のための機能を持っており、その脅威となる対象は主に対人関係に置き換わりはしたものの、今もってわたしたちが日々の生活で駆使しているものなのです。

 けれども、そうした機能を現代の社会環境に柔軟に合わせ発動させ脅威に対処するのは、私たちが「ヒト」である以上実はかなり困難なことでもあって、ときに不適切でバランスを欠いた「闘争か逃走か」や「コントロール欲求」を他者に対して発動してしまうのですが、そのことになかなか気づくことができません。こうした事情が相手を「攻撃」してしまう背景にはあり、現代社会に生きる私たちの対人関係における悩ましい現象の根底にあると考えられます。

 次回は、では攻撃する人が考える今の時代における「脅威」とは何なのか。何が他の人と違ってどうとらえているのかを具体的に見ていきます。


最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2019-09-08 17:53 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、仕事、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。記事のどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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