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右のポケットに何がある?~ 清明&穀雨の頃'20



 桜の季節はとっくに過ぎたとは思えないほど、冬を思わせる気圧配置に伴う強い北西の風や雨が、新型コロナウィルス感染拡大の影響で社会を覆う不安と委縮の空気ただよう人もまばらな東京の街を吹き、寒さがけっこう身にこたえる日々がここしばらく断続的に続いています。

 世界的に猛威を振るい、人類共通の見えない敵となったこのウィルスに対抗する効果的な治療薬やワクチンを持たないいまの私たちは、その脅威と出口の見えない行く末に不安や焦りを感じています。著しく低下する社会経済機能、経済的困難に直面し絶望感に日々あえぐ人々、苛烈を極める医療や福祉、行政の現場で疲弊していく人々のことを考えるにつけ、いったいなぜこんなことになってしまったのか、そしてこれからいったいどうなるのか、答えの出ないいくつもの問いが頭をたえず巡り、なかなか冷静でいられない日々を送る人は思っている以上に多いかもしれません。

 突然降ってわいたような日常生活リズムの変化と、真偽定かでないものを含め時々刻々押し寄せる情報の洪水を処理することに疲れ始めている私たちにとって、ほんの少し前ならお決まりのうたい文句だったはずの「正しく怖れる」ことを冷静に実行することがもはやとても難しくなっている状況にも感じます。



 大地震や火山の大噴火といった大規模な自然災害を正確に予測することはまず不可能です。わかっているのはそう遠くはない将来、起こるのがほぼ確実であると考えられているものがいくつかあるということだけです。富士山は明日噴火するかもしれないし、南海トラフ巨大地震や関東直下型地震が週末やってこないという保証はどこにもありません。けれどもそうなら私たちはいったいどうするのでしょうか?

 そんな時私たちは、「いくらなんでも今日明日のうちはやってこないはずだ」と”たかをくくる”処理を心の中で無意識におこなうことによって、パニックや不安を感じたり注意と警戒とで常にピリピリすることなく、当面の正常な日常生活に没入することができます。たとえその態度に確たる根拠がなく、そうでない可能性だっておおいにあるにもかかわらず、ある程度のイレギュラーなり不穏な可能性は正常あるいは許容範囲内だよね、として処理しようとするのです。こうしたある種の錯覚や偏りある思考・判断、楽観的態度で日常をやり過ごすことで、無駄な労力とエネルギーを消費せず精神的安定を確保するという、人類が身につけた卓越した本能的な能力を正常性バイアスといいます。


 ところがこのバイアスはすぐれた能力でありながら、同時に強固で柔軟性に欠けるところがあるため、とくに日常から突然非日常的状態に投げ込まれたときに、私たちの思考や感情はしばしば誤作動を起こし状況にうまく対応する能力を欠いてしまいがちです。起きていることを認識しつつもつい日常運転に引っ張られ、とるべき適切な判断なり行動を実践することに抑制的な心理がさまざま働いてしまう結果、そのリスクを正しく見積もることをせず現実から目をそむけてしまうことがあるのです。

 またいっぽうで、一刻も早く異常事態を脱し日常に戻りたいというこのバイアスから来る無意識的欲求も働いてしまうため、適切とはいえない性急な行動を逆にとってしまいがちにもなります。真偽をよく確かめもしないまま、怪しい情報に容易に影響される傾向も現れやすくなります。買い占めに走る、他の病気の可能性を排除し体調が少しでも悪くなるとウィルスに感染したかもしれないと医療関係機関等に殺到する、病気に効果あるとの偽りの宣伝文句に容易にだまされ怪しい商品に手を出してしまう、といった行動がまさにこれにあたるでしょう。



 ユダヤの人々の間ではよく知られたこんなジョークがあります。

 町の通りである男性が、何か探し物をしているかのようにあたりをきょろきょろしたり、自分の服やかばんをさかんに探っています。探し物が見つからない様子でとてもあわてているようでした。

 通りがかりの人がその男性を見て尋ねます。

「落とし物かね?」

とその男性は、

「ええ、どうやら財布を失くしてしまったようです。確かに持って家を出たはずなんですが...」

「そりゃ、大変だ。よく探してみたかい?どっかにまぎれこんでいるなんてよくあるじゃないか?」

「ええ、そりゃもう何度も確かめましたよ。でもやっぱりどこを探しても見つからない。ああどうしたらいいんだ、あの中には僕の全財産が入っていたんだ!」

 いまや男性はすっかり途方に暮れた表情で、それでもずっと体のあちこちを探し続けることをやめません。

 その通行人はとても気の毒に思いましたが、ふとその男性が上着の右ポケットの中だけは探さないことに気が付きました。

「なあ、さっきから見ているとお前さん、右のポケットは一度も探してないがどうしてなんだい?そこにあるかもしれないじゃないか?」

 それを聞いた男性は、心底あきれたような表情でその通行人をまじまじと見つめこういいました。

「なにもわかっていませんね、あなたは!もし仮にですよ、この右ポケットを探してもやっぱり財布がなかったらいったいどうするんです?そうなったら、私はそれこそもう本当の本当に困ってしまうじゃありませんか!」



 もちろん、右ポケットの中を探り財布があるのかないのかをすぐに確認し、紛失したことがわかったら来た道を戻って別の場所を探す、警察に届ける、誰かに相談したりお金を借りる、といった次にとるべき行動を考えできるだけ早く実行に移すことが必要であることは明らかです。しかし、右ポケットというかすかな可能性をこころの支えに、財布を紛失したらしいという「現実」の確認を否定し、適切な判断・行動という「変化」を躊躇をするこの男性の態度は、まさに正常性バイアスの特徴を見事に示しています。これは笑い話ですが、私たちは実は日常生活でかなり似たような思考や行動にはまりがちなのです。



 右のポケットといえば、年配の方なら美空ひばりの『東京キッド』を思い浮かべる人も多いかもしれませんね。

 右のポッケにゃ夢がある 左のポッケにゃチューインガム...

 混乱と荒廃、貧困と絶望が暗い影を落とす戦後まもない時代に、日本列島に響き渡った稀代の名曲の中の「右のポッケ」もある意味ユダヤ人ジョークの右ポケットと同じ、根拠希薄な最後のこころのよりどころだったのかもしれません。

 夢といっても確たる根拠があるわけではなく、当然その後の奇跡的ともいえる経済復興と繁栄など考えも及ばず、むしろ現実的な状況は夢を描けるようなものとは程遠く、厳しく絶望的ですらあったけれど、すべてを失い傷ついた日本人誰しもの心に勇気と希望をあたえたのがこの歌だったのでした。

 時代は進み昭和の時代、一億総中流と言われた日本人がある意味幸せだったのは、そうした漠然とした希望なり夢が実現するかもしれない、厳しさの先にきっと右のポケットの中身はあるはずだと素朴に信じられていた時代だったからでしょう。すべての人に裕福で豊かな物資に恵まれた人生が待っているわけではない。けれども少なくともチャンスは誰にでもある。ある意味マイナス100からのスタート、失うものなどなくひたすらそれを信じて前へ前へ国民が没入していったことが日本の繁栄を支えてきたのでした。


 右のポケットという名の正常性バイアスに支えられ、世界第2位の経済大国へと昇りつめたわが国はしかし、高度経済成長期の後、ついに右のポケットの中を確かめることなく自滅的なバブルの道へと舵を切り、有形無形のツケを次世代へとまわし、その傷はいまもって完全に癒されているとはいえない状況にあるように思います。

 正常性バイアスは、私たち人間の精神活動に欠かせない頼りになるものでもありながら、同時に日常を捨てきれず、変化と非常時の意思決定を嫌う本能でもあるちょっとやっかいなものです。右のポケットをめぐって柔軟性ある思考と勇気を発揮する工夫や努力は、人生を通して私たちに求められている難しい課題といえます。



 何事かに成功をおさめたり困難を克服するために努力は欠かせないものです。そして残念なことに、すべての人にその努力が報われることはありません。けれどもその「報われない」の多くは、はじめ目標とし望んでいたものごとを達成することができなかった、という意味での「報われない」であって、積み重ねた努力なり苦労のいっさいが「無駄であった」と言えばそんなことはけっしてありません。

 むしろ、努力することそのものや結果としての失敗や挫折、後悔に何一つ無駄はなく、その一つひとつの経験なりプロセスにこそ意味があり、生きる糧となるものであって、何にも代えがたく、その人だけが持つ決して目に見えないが、かけがえのない強みであり財産です。右のポケットの中身を探るのもそこから目を背けるのも自分次第です。そのことに気づくことは簡単ではありませんし、その努力なり勇気を持つことに困難な事情を抱える人々もまたこの世の中には多く存在します。そうした人たちを支え、ときにポケットを探ってもまったく大丈夫なのだとそばで支え続けることが、ある意味わたしのような仕事を持つ人の役割でもあります。価値のない人生などありはしないし、価値のない人間もまた決してこの世に存在しません。さもなければどんな人生にも誰にも価値などあろうはずがないのです。




 今は多くの人にとって苦しい時期かもしれません。正常性バイアスを持つ私たちが慌て不安になり、いら立ち、何をすべきか迷うのは全く自然なことであって、そのこと自体を過度に気にすべきではありません。ただ、あまたもたらされる情報をわきに置いて周りを少し冷静に眺めれば、変わらぬ日常のほうがむしろ多いのだと気づくことができれば、心にバランス感覚と余裕を取り戻すこともできます。健全で適度に楽観的なこころの持ちよう(バイアス)は、非常時のただ中にあるいまの私たちにとってとりわけ大切なことだと感じています。


 


        東京キッド

(歌:美空ひばり 作詞:藤浦洸 作曲:万城目正 )

  歌も楽しや 東京キッド

  粋でおしゃれで ほがらかで

  右のポッケにゃ夢がある

  左のポッケにゃチューインガム

  空を見たけりゃ ビルの屋根

  もぐりたくなりゃ マンホール


       


  歌も楽しや 東京キッド

  泣くも笑うも のんびりと

  金はひとつもなくなっても

  フランス香水 チョコレート

  空を見たけりゃ ビルの屋根

  もぐりたくなりゃ マンホール

  (3番は省略)



 




最後までお読みいただいてありがとうございます。

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by yellow-red-blue | 2020-04-10 22:25 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、仕事について、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。記事のどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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