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若者たちの言葉・ストレス社会を生きる② ~ 寒露の頃’20


 朝晩は肌寒いくらいに気温が下がるものの、すがすがしい秋のさわやかな空気が日中あたりを満たし始め、いよいよ季節も秋本番といったところ。暑い季節のけだるさがすっかり過ぎ去った今の時期は、昔からスポーツに芸術、読書、はたまた食欲への欲求を刺激する季節といわれるとおり、私たちは肉体的にも精神的にも積極的な活動への意欲を取り戻し始める頃です。

 日本のスポーツやアートのシーンでは、新型コロナの影響で今までの楽しみ方とはだいぶ様子が違うものの、だいぶ日常が戻り始めました。けれども世界的にはその影響がいまだ深刻なため、特にスポーツイベントの開催は強い制限下にあります。感染拡大が止まず、犠牲者の数もおびただしいアメリカもまた同じ状況ですが、ようやくプロスポーツ競技には活気が戻りつつあります。

 アメリカの人気プロスポーツ競技のひとつ、野球のメジャーリーグ(MLB)は、無観客による大幅な試合数削減の下レギュラーシーズンが終わり、現在ワールドシリーズ出場を賭けたシーズン上位チーム同士によるポストシーズンの熱戦ただ中です。本当は自分が体を動かさなければ「スポーツの秋」とはいえないとはわかりつつ、この季節の私は暇な時間ついテレビ画面に引き寄せられてしまいます。



 カイル・ハリス・ヒガシオカ(1990年生まれ)は、日本人の祖父を持つ日系4世のアメリカ人。東洋系の面影をほんのりと残すその端正で人懐こそうな顔立ちと控えめで温厚な人柄からは、彼がアメリカ大リーグの名門ニューヨーク・ヤンキースで活躍するプロ野球選手(しかもポジションはキャッチャー)であることはなかなか想像つかないかもしれません。

 彼の今までの野球人生は苦難の道そのものでした。2008年のMLBドラフトでの指名順位は上から数えてやっと230番目に過ぎませんでした。ドラフト候補に名が挙げられること自体大変な名誉で選ばれし者には違いないものの、数多くのチームがその才能を欲しがり将来も約束されたドラフト上位の選手とは程遠い身分と評価だったことは想像がつきます。ニューヨーク・ヤンキースから指名を受けプロ入りは果たしたものの、ずっとマイナーリーグでの暮らしが続きメジャーでのプレーはかないませんでした。メジャーとマイナーとでは、収入を含め身分待遇に天と地以上の格差があるといわれる厳しいアメリカ野球の世界で彼がようやくメジャーリーグ昇格への切符をつかんだのは2018年シーズン、プロになってからすでに10年という歳月が経過していました。選手寿命が短いといわれる野球選手としては10年は長すぎる時間といえます。10年もマイナー生活に耐えた後メジャーに上がる選手はほとんどおらず、その多くはプロ野球選手としてのキャリア断念を選択し、他の人生を歩まざるを得ないのが現実です。

 そのヒガシオカ選手が、先日テレビのインタビューの中で、苦しい時期に自分を支え大切にしてきた言葉を淡々と披露していました。

“The seed which suffers the coldest winter will blossoms most beautifully in the spring.” 

(極寒の冬を耐え忍んだ種子こそ、春に一番美しく花開く)


 これは幕末明治維新の雄、西郷隆盛の座右の銘「耐雪梅花麗」(雪に耐え梅花うるわし)の英語訳だそうです。かつて同じヤンキースに在籍し、先発投手の柱として活躍した元広島東洋カープの黒田博樹選手が、自らの座右の銘としてミーティングの席上チームメイトの前で披露したのをたまたま同席していたヒガシオカ選手が聞き、その言葉に強烈な印象を受けたのだといいます。

 野球選手としてなかなか芽が出ずにマイナーリーグで将来に不安を感じながら葛藤の日々を送っていた当時この言葉と出会い、自分の境遇を重ね合わせ、野球を諦めない勇気をもらったのでした。

 いかにも日本人の心の琴線に触れるこの言葉は、日本人の血を引く苦労人のヒガシオカ選手の心にもまた鮮明に響くものがあったのでしょう。

 

 一方、白熱するポストシーズでヒガシオカ選手所属するヤンキースとリーグ優勝を争うチーム、タンパベイ・レイズにはタイラー・アレン・グラスナウ(1993年生まれ)という同世代の有望株の選手がいます。彼もまたインタビューで自分の座右の銘をシンプルにこう答えています。

”Just Keep Living!”( とにかく生きろ!人生ただ進み続けろ!)

 2メートルを超える長身から繰り出される160キロの剛速球で三振の山を築き上げるグラスナウ選手は、チーム先発の柱のひとりとして来シーズンの以降のいっそうの飛躍が楽しみな選手ですが、彼もまたドラフト順位は全体の150位にも満たない身の上でした。ようやく昨年ごろその才能が開花したばかりの若者の明るくはつらつ、怖れを知らぬといった風情は、そのシンプルでポジティブな座右の銘からもうかがい知れます。



 「人生耐えてこそ道は開ける」のヒガシオカ選手と「楽天的マインドこそ人生の秘訣」とするグラスナウ選手。しかし彼らの話をよく聞いていると、一見すると対象的とも思える二人の言葉の背後には共通するある視点があることがわかります。

 「できることはできる、できないことはできない。」そこを率直に認め次へ明日へと生かすこと。ごもっともな主張ながらこれは意外にむずかしいことです。私たち人間は言葉自体が抽象的概念としてとどまる限りにおいては、まことに聞き分けがいい一方で、いざそれを実践するとなるとむしろ真逆なことを自分や他者に期待し求めがちなのです。

 

 ヒガシオカ選手は、ひとり努力を続けてきたのではなく、周囲の様々な支えと理解があったからこそここまで頑張ることができたといいます。西郷の言葉はいってみればきっかけにすぎないのであって、けっしてひとりで乗り越えてきたわけではないと。自身の努力と忍耐は必要だが、同時に自分を知り限界を受け入れ、援助を受けることを躊躇しない謙虚さがあったればこその今の自分なのだと言いたかったのだと感じます。

 

 グラスナウの選手は、”Just Keep Living!”の含蓄についてもっとはっきり言います。「人生自分でコントロールできることにただ集中する。コントロールできないことについてあれこれ気にしてもしかたがない。」彼のこの言葉には「楽天」はあっても「妄信」はありません。人生に芽生えるさまざまな個人的な執着に固執しすぎることを諦め、手に余ることは率直に認め自力での打開をあきらめ別の手立てや他者周囲にコントロールを明け渡す。あるいはまた、たとえどうにも人に打ち明けられない、困難に直面する勇気が持てないのならば、それを弱さととらえ罪悪と劣等感にふりまわされるのではなく、それならそれでやっていくと覚悟を決めただ前に突き進む。比較などには見向きもせずに。

 若い二人の言葉は、逆境で陥りがちなネガティブな罪責感情や自分へ向ける無価値観が、正しく前向きな判断の健全な土台には決してならないことを自らの経験から理解している人の言葉なのだと感じます。



最後までお読みいただいてありがとうございます。

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by yellow-red-blue | 2020-10-09 10:00 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、仕事、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。記事のどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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