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コントロールを満たす・ストレス社会を生きる③ ~ 霜降の頃’20


 前回のブログで「コントロール」という言葉が出てきましたが、私たち人には元々、自分や自分の置かれた環境をコントロールしたいという自然な欲求が備わっています。個人差はあるものの私たちは、身の回りに起こる出来事や人間関係などについて、自分の意思に基づく働きかけによって欲求や願望が適切に満たされることを欲したり、また周囲を容易に適応・対処可能な安全で安心できる世界として把握、維持したいという生理的な欲求を持っているのです。それは人が調和のとれた、わかりやすい一貫性ある世界を本能的に好むからともいえます。

 物事や状況が望む方向へ前進したり変化していくことに自分が何らかの影響を与えたり貢献することができたと感じた場合は、コントロール可能性が広がりコントロール欲求が満たされ、自由を感じ幸福感も増します。逆に自分の働きかける余地がなく周囲や状況にただ依存・服従を余儀なくされるばかりだったり、自分が対処した結果失敗を経験したり望む状況が得られなかった場合のように、コントロール可能性が低下する無力感を体験をすれば、ストレスを感じやがて心身の不調に陥る場合もあります。


 こうしたコントロール可能性の追求は、母親の胎内からこの世に生まれ出でた時から芽生え始めます。幼い子はいってみれば、素朴な好奇心と欲求の塊りのような存在です。子どもはさまざまにそれらを満たしたいがために、周囲に多彩なサインを送ってきます。親や周囲がそうしたサインにきめ細かく反応し適確に応えることで、その子供は高いコントロール可能性を感じとり、その後の安定した親子の愛着関係が築かれます。これが自尊心の源であり、将来の健全な自我の形成の土台となるものです。

 ところが、無意識であれしつけや子を思う気持ちからであるにせよ、逆に親が自分本位の感情や気分にまかせて子に応答あるいは拒絶したり、過保護・過干渉的に自分のコントロール下に無理に押さえつけるような支配的な養育スタイルで子に接すれば、子どもの内面のコントロール可能性は低いまま抑えられ、不安定な情緒ばかりが醸成され、ほどよい自尊心や健康的な楽観主義を育むことは難しくなります。

 自分に話しかけ、自分を認め、アイデンティティを確認してくれる安定した存在としての親や大人がいてはじめて、子どもはその後の成長過程において、自分のコントロール欲求が100%満たされるような理想的状況はないしまたその必要もないのだという社会性をさまざま学び、良好な人間関係を築いていくことができるようになります。 



 人が深刻なストレス状況にあったり精神的不調に陥った場合、それはすなわち自分のコントロール欲求が何らかの理由で満たされておらず、コントロール可能性が失われたり制限されている状況があることを意味しています。コントロール可能性は適正なレベルで満たされていることが望ましく、高すぎても低すぎてもストレスになるといえます。

 コントロール可能性が低すぎる状況は、自分では何も打つ手建てがない、できることはないと感じられ、無力感あるいは自責感にいわば途方に暮れているそんな状況で、自分で決断行動できないまま周囲の状況に依存したり振り回さたり、あるいはひとり問題を抱え込んで身動きが取れなくなります。

 一方、コントロール欲求や可能性が高すぎると、場合によっては思いのまますべてをコントロールできる/したい/すべきと思いがちになり、客観性を欠き本来他者がコントロールすべき領域にまで手を突っ込んで自分の欲求を満たそうとしてしまいます。本人に悪意はなかったり真剣に問題と向き合おうとしても、かえって摩擦や不満、怒りを生み、結果としてやはりコントロール欲求は満たされないことになります。日常家族生活であれ、社会的職業的生活であれ、人間関係から成り立つ私たちの社会では、多すぎるコントロール欲求は、そのまま相手コントロール領域への侵害となって摩擦状態を生みます。特に親子関係や仕事上の上下関係等には潜在的に支配従属関係があるため、不適切なコントロール関係が成立しやすいといえます。


 ストレスや悩みを感じた時どう向き合えばいいか、その効果的な方法はあるのかというと、ストレスや悩みといっても人それぞれ、深刻の度合いもさまざまなのは言うまでもありませんので、唯一これが解決方法の決定版であるというものはありませんが、こうした問題を解く基本的な視点や重要ポイントがいくつかあります。次回はそうした話題に触れることにします。



精神的な発展と人格の向上のないところには、本当の生産の増進は望めない。自由とは単に束縛がないということではない。意志の自発性に基づいて高い目的のために自分の行動を自分で支配するときに人間は自由なのである。だから自由は人間が自治であるときにいよいよ高くなる。そうしてこの自治こそが仕事の能率を進める力なのである。それ故に人間は自由であるとき、本当に能率的なのである。

 (桐原葆見、「労働の生産性―桐原葆見の労働科学」労働科学研究所出版部 2006年)


最後までお読みいただいてありがとうございます。

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by yellow-red-blue | 2020-10-23 10:49 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、仕事、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。記事のどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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