2020年 11月 06日
自分に反論する・ストレス社会を生きる ⑤ ~ 小雪の頃’20
悩みを抱えるとき、自分と自分が今置かれている状況について冷静に見つめなおすために問題を視覚化、客観化していく効果的な方法について、前回ブログで途中まで触れました。ここまでをわかりやすく整理するために、前回の説明に沿って、Aさん(31歳女性、会社員)の実例の一部を紹介します。(スマホでご覧の場合は横向きでご覧ください)
何に悩んでいるのか? | 職場の配置転換をきっかけに、きつい仕事と慣れない環境に心身の不調が出始めてとてもつらい。 |
状況と経緯 (できるだけ詳しく) | 先月職場で配置転換があり、いきなり新しいプロジェクトのリーダーを任されることになった。今までは上司の指示に従い仕事をしてきたが、今は部下数名に的確に指示を出しながら仕事全体をまとめなければならないプレッシャーに加え、慣れない業務も重なり仕事量も増え毎晩遅くなりがちである。新しい上司からは、仕事のペースを上げ早期に結果を出すよう改めて求められており余計焦りと不安が強い。 先日のミーティングの席上、今後の方針や具体策について自分なりの考えを述べたところ、自分より勤務年数が長い年上の部下のひとりから反論され、パニックになり何も言えなかった。以来、よく眠れず胃が痛む、体がだるく今では出社することがつらくなっている。 |
気分・感情 | ・不安(90%) ・憂うつ(100%) ・無力感(75%) |
思い浮かんだ考え・予測 | ・この仕事に自分は向いていない、無理だ(90%) ・リーダ―失格だ(100%) ・上司から叱責され会社の信頼も失うだろう(85%) |
身体(生理)反応 (強さ・つらさの程度を%で記入) | ・動悸(80%) ・体のだるさ(100%) ・胃の痛み(90%) |
自分が取った行動 | ・休みの日も家にこもり友人の外出の誘いを断ってしまった。 ・飲酒を重ねた。 ・(医者には行かず)薬局で薬をいろいろ買って飲んだ。 |
どうなれば悩みは消えるか? | ・プロジェクトのリーダーを辞めたい ・今の辛い状況について話し自分をサポートしてくれる人が欲しい ・仕事に慣れる時間的余裕がもっと欲しい
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ここでは簡単に記載していますが、自分で作成する場合は、各項目をもっと増やしたり自分なりの表現を用いて作成していきます。
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上記の作業シートに基づいて、前回の続きを説明していきます。前回ブログで述べた基本方針「今自分に起きていることを[冷静に][分析]そして[検証]し、より[適切]に考え実行してみる」の3つめ、[検証]するについてです。
3.検証する
「検証する」では、問題について今まで自分が抱いてきた考えや評価、感情について、果たしてそれらが適切か、事実と合致するものかどうか、むしろ別の見方や考え方をしたほうがより現実的で問題解決には近道なのではないか、などと「見直し」をしていきます。つまり自分や置かれている状況について、すでに自分が下している結論に「反論」を試みるのです。
私たちは何か問題が起きてストレスフルな状況に置かれているときは、とかくさまざまな思いや感情が頭を巡っているものだと前回のブログで述べました。そしてそれは全く自然なことなのですが、問題はそれらを動かしようのない「事実」「真実」そのものであると無意識かつ自動的に私たちの頭は処理してしまうことにあります。本当はそれらは出来事や状況についての主観に基づいたひとつの意見や見解に過ぎません。感情や気分にしてもそれは心に沸き起こる一つの現象のようなものであって実体として存在しないものです。
私たちの心が造り出してしまうストーリーは「現実」とは異なるものであって、大概の場合私たちのストーリーは現実よりずっと厳しく容赦ないものになりがちです。
「(孤独な)人間はいつも次から次へと推論を行ない、すべてを最も悪く考える」(マルティン・ルター)のです。そうしたフィクションに固執するより、検証し理解しなおすことによってストーリーから自由になることを目指します。改めてより広い視野からじっと眺め直してみる、自分の心の中で起こっていることは、多様な考えや可能性の一つに過ぎないことを理解するための中心的作業がこの「検証する」です。
たとえばある受験生が入学試験を受け不合格という残念な結果になってしまったとします。それは大変なショックでとても落ち込んでしまうでしょう。しばらくは何も手につかず学校へだって行きたくなくなるかもしれません。「不合格」という結果は動かしようのない「事実」ですから。けれどもそれをきっかけに、ありがちなあまた心をよぎるストレスフルな考え、たとえば「努力が他の人より足らなかったのだ」「なぜ自分はこういつもダメなのだろう」「次も失敗するだろう」「人生最悪の出来事だ」と自分を責める一方の断定的な考えや評価はどうでしょう?それは事実でしょうか?100%本当でしょうか?それが事実である根拠は何でしょう?もっと別の考え方のほうが現実的でバランスがとれていないか?そう見直してみることはできないでしょうか。すぐには無理です。誰だって落ち込むし自分の思いを払拭するのはやさしいことではありません。ただ、自分を検証しないままに放置しておいても問題はやっぱり解決しません。自分を責めマイナス評価に落ち込んでいる自分の今度は応援に回り、プラスへと戻す好材料探しを広く冷静に行おうとする姿勢が問題解決の鍵なのです。
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「検証する」では、上記で作成したシートの思考・予測の欄に書き込んだ一つひとつについて、今度は下記のようなシートを作成して検証していきます。もちろん、思考と予測以外の項目についても「検証する」のも良い考えです。
【思い浮かぶ思考・予測】 「この仕事に自分は向いていない、無理だ(90%)」
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【これを正しいと思う根拠は?】 ・自分のことで精いっぱいで部下や全体のことまで頭が回らない。不安でいっぱいだ(80%)
・このポストは激務でよく人が替わったり辞めたりしている。自分には経験もないし、それほど優秀ではないから、自分もきっと同じになる(90%)。
・同僚から反対意見も出されてしまった。信頼されていないし、孤立している(90%)
| 【これに反論する根拠は?】 ・まだこのポストについて1か月しかたっていないのに結論を出すには早すぎる。(60%) ・誰でもしばらくは余裕などないし、不安なのは当たり前だ。周囲だって同じだ。(80%) ・辞めたり変わった事情はさまざまであろうし、それが自分にも当てはまると考えるのは結論の飛躍だ。自分もキャリアを積んできているからもう少し自信をもっていい。(40%) ・異なる意見があるのは当然で、むしろ経験者からのアドバイスとして耳を傾ければいいだけだ。そのことを自分が信頼されていないと考えるのはネガティブすぎる。(60%)
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【認知のゆがみ(思い込みのパターン)は?】 結論の飛躍があり、感情的に決めつけてしまっているかもしれない。 | |
【より客観的で現実的な見方をすると?】 ・新しいポストにつけば誰でも余裕はなく不安だらけだ。リーダーだからといっていつも引っ張る必要はない。分からないことは素直に尋ねたりみんなに協力を仰げばいい。(70%) ・確かに新しいポストは重責だが、自分にも積んできたキャリアがありそれが生きることもある能力不足とはいえない。最初はうまくいかないこともあるだろうが、試行錯誤も必要だし都度見直していけばよい。(75%) ・さまざな意見があって当然である。それを自分が非難されていると考えるのは正しいとはいえない。もっと同僚とコミュニケーションをとり信頼関係を築いていけないはずはない。今までも問題なくやってきたのだから(80%)
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反論する点、すべての可能性を書いていきます。今の時点で実際はそうは考えられないとしても、大切なのはできるだけ可能性を書き出し全力で自分の思い込みに反論を加えてみることです。
「でもやっぱり結局は同じだよ」「こんなことやっても気休めに過ぎない」等と考えてしまっているでしょうか?そうだとすればまさにそれこそが、不安や思い込みイコール実体・事実としてとらえているあなたの「認知の歪(ゆが)み」が強い証拠かもしれません。
この作業の目的は、今までの考えが間違っていると断定することでも、無理やりポジティブに思考をすることでもありません。今まで自然かつ自動的に抱いてきた考えや感情に気づき、ただそれは本当ですか?絶対に正しいと100%言えますか?と問いかけ、自分を見直しできるだけ数多くの可能性に開かれるきっかけにする「作業をすること」自体に意味があるのです。
それでもやっぱり反論するのは難しいでしょうか?そんな時は、前回ブログの「役割をひっくり返す」が役に立ちます。もし自分にとって大切な人が(実在の人でもフィクションの他人でも)同じ問題を抱えていたなら、どのような言葉をかけ支えようとしますか?どんなアドバイスをするでしょう?そう言った視点で整理していきます。困って頼ってくる友人や大切な人に対して悲観的な結論ばかりあげたり簡単に「あきらめなさい」などと突き放すことはないでしょう?友人と会話している場面や自分がすぐれた相談員になった場面を想像してもいいですし、ロールプレイを自由に演じて考えてみても有効です。
この「検証する」はこの作業全体の中で一番大切な部分といえます。ここをじっくり取り組まないと次のステップ以降がうまくいかないかもしれません。そうやって、じっくりと自分と対話していきます。すべて書き出してみます。うまくいかないこともあるでしょう。でもとにかくいろいろと書き出してみる、日を変えて、あるいは同じ問いをあらためて繰り返してもいいです。結論が出なかった、何だか混乱してきた、と感じたらそのまましばらく放置しておいて何度も挑戦してみます。
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4.適切に(考え実行する)
検証に基づいて、今度は「今できることリスト」を作成していきます。今までのワークシートに書いた項目一つひとつについてリストを作成してもいいですが、それだと整理がちょっと難しいかもしれませんので、この問題全体で今できることは何かをひとつのシートにまずはまとめて書いていきます。
作成シート例は省きますが難しいことはありません。今までのシートを参考に自由に作ればいいのです。大切なことは、できること(したいこと、すべきと考えていること)だけでなく、(やった方がいいと思うが)今はできそうもないこと、無理かもしれないこと、あまりに難しいと思えることなども余すことなくすべて書き出してみて一覧にすることです。最初のワークシートの「どうなれば悩みは消えるか」項目を参考にしたり、「役割をひっくり返し」ながら考えていきます。自分以外の頼れる資源(人、物、情報、組織機関など)は何か材料も見つけていきます。
例えば、Aさんのケースでは仕事上のストレスを背景とした身体的健康の不調がより深刻でした。まずは医師の診断を受けるべきところだったのかもしれませんが、この作業を行うまでは受診をせず市販の薬をあれこれ試していただけでしたが、これはあまり効果がありませんでした。ただ、この作業を行った当初作成した「今できることリスト」の中の「精神科を受診する」「社内のメンタルヘルス部署へ相談する」を実行することは、Aさんにはとてもハードルが高いものでした。そこでいろいろと話し合い、まずはかかりつけの一般内科のクリニックに行ってみる、という選択肢を新たにリストに加えました。個人的に込み入った話の詳細には触れずに一般的な仕事上のストレスからの体調不良だとしての相談であれば、何とかAさんもできるということで一般内科を受診する、という新たな「今できること」を実行に移してみました。すると顔見知りの内科医に少し話をしたことだけだったにもかかわらず予想以上に精神的に落ち着き、後日その内科医の紹介で心療内科を受診するという決意が容易になったのでした。簡単なことですが、そうしたステップを踏むと、同じ結論でも超えるハードルが前ほど高く感じられない場合もあるということです。
さて、最後に「今できることリスト」の一つひとつについて、それぞれ実行した場合のメリットとデメリットのリストを作成しそれらの効果や信じる度合いを点数化します。メリットデメリットの合計を比較し、「今できるリスト」の実行優先順位や難易度を決め実行への参考にするためです。
テーマ(今できることリストのひとつ) | |
【それを実行することのメリット】(点数もつける) ・ ・ ・ | 【それを実行することのデメリット】(点数もつける) ・ ・ ・ |
合計: | 合計: |
実行の可能性についての評価など: |
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ここまでに説明してきたものは、認知行動療法と言われるアプローチの典型的な作業のほんの一部です。繰り返しますが大切なことは、解決法を早急に探すことよりもむしろ、ただ今の状況についてできるだけわかりやすくすべてを視覚化してじっくり「眺めること」自体に集中することです。一度ではなく日を置いて何度も見直したり修正を重ねていきます。
書くこと、すべてを書き出すこと。そして自分の今までのストーリーがどのようなものであるかを理解し、それが果たして本当なのかを真剣に問いかけていく。そして何よりもすべての可能性を否定しないこと。こうした条件に合えば、自分がやりやすい方法でまったく構わないと思っています。今回の方法は苦手でかえって混乱する人だっていくらでもいるはずです。図表やイラスト中心でも日記のような記述手法でもまったくの自由です。
そして書き出したものの中で、何か実行可能なものがあると思えたら、少しだけでも行動に移してみます。できようとできまいと、その結果についてまた同じように検証していく。この繰り返しを常に最初に作成したシートに帰りながら続けていくのです。
こうしたことはとても複雑で難しいことのように思えますが、実際には私たちは仕事や学業、あるいは自分の好きなことや趣味などの文脈では意外とすんなり実行していることなのです。PDCAサイクルのようなビジネスや教育の目的の効率的な達成モデルなどにも結局似たような考え方が含まれています。単に精神的治療の分野においてだけでなく、円滑な社会生活や人間関係を実現するために有効で応用可能な社会的スキルであると前回書きましたが、ですから当然のことなのです。私たちが実生活の中で知らず知らずのうちに「習うより慣れろ」式に社会実践し、やがて自分なりに感覚的に習得熟達してきたことをあとから理論化抽象化(マニュアル化)したに過ぎないと言われればそうなのです。でも、いざ自分のこころの悩み事となるとなかなかこうして扱うことは思いもつかないものなのです。
ですから、もちろんこうしたマニュアル的な方法が誰にでもどんな状況にでもふさわしいということはありません。電気製品の故障や不具合のたぐいならばマニュアルを読めばだれがやっても何とかなりますが、あいにくと私たちは人間です。
ただもし今まで何をやってもあまりうまくいかなかったとしたら試す価値は大いにあるといえます。やってみなければわからない。無責任で当たり前のようにも聞こえますが、今の状態を変化させ物事を発展させたいと願えばたいていの場合それが真実なのです。
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ひとつ注意しておきたい点があります。こうした作業は「冷静に」「分析」ができる心身の状態にあってこそできることです。また本人のそれなりのモチベーションも大事になってきます。悩みが極めて深刻なもの、事情や状況があまりに複雑であったり、昨日今日ではなく長い間抱えてきた問題で、日常生活に重大な支障をきたすほどの精神的肉体的に状況にある場合には、やはり専門家による診断や治療、十分な休養が必要であることは押さえておきましょう。
こうした作業がひとりでは困難な場合、自分ではなかなかうまくいかないような場合にお手伝いすることがカウンセラーの仕事のひとつです。到達する意見なりすべきことは結局同じになったとしても、ひとりで繰り返し考え込んでいたり、逆にあまりに親しい人に相談すると、なかなか考えがまとまらずに決断や行動には移れなかったりすることもあるものです。適度に距離のある専門家や立場や世代の異なる信頼できる他人からサラッと肩をたたかれたりお墨付きを得るようなふとしたきっかけで、不思議と力が抜けて行動に移りやすくなる場合もあることも知っておきましょう。
前々回ブログで触れた「できることはできるが、できないことはできない」は、こうした作業を通して無用なコントロール欲求を手放すことができてはじめて実感し見えてくるものです。それにはできるだけ周囲との比較よりもまず自分を大切にすること、自分は徹底して自分の味方になろうと決めることも大切です。
悩みを抱えることは誰にとってもつらいものです。けれども悩みもまた自分の一部、その悩みにもっと敬意を払い、丁寧に扱う気持ちを持っていいはずです。大切な仕事や学業の課題同様に、人生の大切な時間をそこに使う価値は十分にあるはずで、その時間はけっして無駄にはならないと、心から思えるようになるための方法、自分を徹底して自分の味方にする方法として考えてもらえればと考えています。
最後までお読みいただいてありがとうございます。
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