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桜 ~ 春分&清明の頃’21


 東京でも桜がようやく見ごろを迎え春の到来を実感できるようになりました。朝晩の気温はまだ低いものの、芯から冷える感じがなくなっているのも季節の変化の証しでしょう。
 学校では卒業や入学、職場では異動、退職、入社と、私たちの多くがこの季節共有する心象風景なり感情体験といえば、こうした別れや終わりとその先に待つ新しい生活と未来への希望と不安の入り混じった複雑な高揚感でしょうか。

 「こちらじゃ、桜は少なくともまだあと1か月は先だね。」
 いっぽうで、東京で咲き始めの桜の写真を携帯で送るたび、青森県に暮らす友人から毎年のように聞かされるセリフがこれです。あちらでは桜が見頃を迎えるのはようやく五月の連休中あたり、しかもその頃はまだまだ寒く雪がちらつくことも珍しくないのだというのですから、友人の話を聞くたびに、美しく咲き誇る桜が卒業式やら入学式といった人生の新たな門出を祝う区切り節目のようなイベントを連想なり実感させるのは実のところ、日本でも限られた地域での話なのかもとあらためて気づかされます。

 その友人から時折この季節に送られてくるのが、「トゲクリガニ」という毛ガニによく似た小ぶりながらコクのある美味しい蟹。彼の地ではお花見やピクニックには欠かせない定番の食材なのだそうです。
 春の到来を告げる使者が蟹とは驚いたものですが、「日本列島」とはよく言ったもの、ちっぽけながらも南北に長いわが島国では、私にはとうてい想像もつかないさまざまな桜の季節をそれぞれに迎えていることでしょう。 
  
 

 さくらの唄
  詞 なかにし礼
  曲 三木たかし
  歌 美空ひばり

  何もかもぼくは 失くしたの
  生きてることが つらくてならぬ

  もしも僕が死んだら 友達に
  卑怯な奴だと 笑われるだろう 
  笑われるだろう

  今のぼくは 何をしたらいいの
  こたえておくれ 別れた人よ

  これでみんないいんだ 悲しみも
  君と見た夢も 終わったことさ
  終わったことさ

  愛した君も 今頃は
  ぼくのことを忘れて しあわせだろう

  おやすみを言わず 眠ろうか
  やさしく匂う 桜の下で
      桜の下で 桜の下で



 悲しみも苦しみも、失敗も後悔も、自分という存在すべてを何も言わずにただ優しく包み込んでくれるかのようにたたずむ桜。むせび泣くようにささやき、だがどこまでもやさしく歌い上げる美空ひばりのこの曲の詞は、昨年末亡くなられたなかにし礼氏自身が、私生活で体験した長い苦しみと絶望ゆえに自らの命を絶つぎりぎりの瀬戸際まで追い込まれたまさにその時に生まれたものだそうで、世に出すつもりで書いたものではなかったといいます。

 過去から現在に至るまで、桜の楽曲は毎年のように数多く作られてきましたが、これほど暗く悲しく、絶望すら語るものは例がないかもしれません。にもかかわらず、この歌の作り手達とは随分と世代を隔てた私にとってもとりわけ忘れがたい歌である理由は、曲全体を覆い尽くす闇のように暗い悲しみと絶望を語る最後に、「桜」というたったひと言が発する、やさしくあたたかな色彩感に圧倒されるからです。美しくはかない桜の季節への秘めたる思いをこれほどまでに心の奥底から絞り出すよう切々と綴る詩(うた)を私は他に知りません。

* 

 私の仕事には、今頃の季節巷にみられる節目のような区切りは存在しないようです。季節感や時節の区切り、仕切り直しといったようなものを意識することがほとんどないのです。相談に訪れる人はさまざまながら、ときに来る日も来る日も同じ日々が淡々とやってきては自分の前を通り過ぎていくような思いにとらわれることがあります。
 ほんのいっときの安堵感や笑顔はあっても、この季節に似合う歓喜や希望への高揚感、明るさとはあまり縁のない場所といえるかもしれません。どちらかといえば悲しみや苦悩、秘密と涙がつきまとう、そんな日常が繰り返されていきます。

 さまざまな人々が抱える心の葛藤や不安と日々向き合いながら、どちらかと言えば陰のある重たい空気の中にいるように感じられる日々が続くと、相談者を勇気づけ送り出す自分のほうがかえってひとりこの場所に取り残されたような感覚を抱いてしまうことがよくあります。
 自分は本当にこの人の悩みを正しく把握しているのだろうか、私たちは果たして正しい方向へと向かっているのだろうか、あの人が来なくなったのはやはり私の力不足だろう...そうした思いがしばしば私の胸のうちに押し寄せてくるのを止めるのはむずかしく、孤独と不安にとらわれることもしばしばです。
 そんな時はだからこそなおさらのこと、たとえほんの短い時間だろうと近くの目立たぬ小さな木であろうと、桜の下を通り春を愛で、こわばる気持ちをなんとか和らげよう、落ちつけようと心掛けています。

 桜によせる思いはひとそれぞれです。自分の仕事や仕事場が、あの『さくらの唄』で歌われる桜の下ような場所でありたいと日々ひそかに願う。この歌になんとはなしに私が惹かれるのはそんなところにもあるようです。



最後までお読みいただいてありがとうございます。

 
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by yellow-red-blue | 2021-03-23 09:55 | Trackback | Comments(0)

メンタルケアと心の相談室 C²-Waveのオフィシャルブログです。「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、思いつくまま綴っています。記事のどこかに読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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