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2019年 07月 07日 ( 1 )


 全国的にあいにくの梅雨空、七夕の空に天の川を拝むことはどうやらかなわないようです。長雨や鬱陶しいどんよりムシムシとしたお天気も考えてみれば梅雨の時期ならではの空模様なのですから、いかにもらしい季節を味わっているともいえるのですが、大きな災害をもたらすほどの荒天の報に日々接すると、やっぱり異常気象の言葉が頭に浮かび、そうのんきに穏やかな気分でもいられません。

 七夕といえば年にたった一度、織姫と彦星が会うことのかなう日であることにちなんで、それぞれが願いを込めた色とりどりの短冊で笹の葉を飾りこの日を祝うことはよくご存じのとおりです。仙台の七夕祭りのように地域を挙げ盛大に催されるお祭りもあり、夏至を過ぎ小暑のちょうど今頃、本格的な夏の始まりを告げる風物詩でもあります。

 悲しくもロマンチックな織姫・彦星伝説は、中国の古いおとぎ話がそのもとになっていますが、歴史上中国文化の影響を強く受けてきた日本では、七夕伝説も古代の頃から親しまれていました。今ではひたすら自らの願望の実現を祈るイベントのような扱いにもなっていなくもありませんが、古代の日本人にあっては、この七夕伝説の逸話そのものが時節季節を問わず折にふれ意識され、感情を強くゆさぶるものであったようです。


 和歌の名手として三十六歌仙のひとりに数えられる万葉歌人、大伴(中納言)家持はこんな歌を残しています(横書きだとちょっと違和感がありますね)。


 かささぎの 渡せる橋に おく霜の

 白きを見れば 夜ぞ更けにける


(歌意)

 カササギが群れをなし翼を広げ天の川に架けた橋のように、宮中御殿を結ぶ階段には真っ白な霜が降りている。その白さを見ると、夜もすっかり更けてしまったと感じられることだ。

 

 厳しい冬の寒さの情景を描いたものでありながら、実はこの歌には七夕伝説が巧みに織り込まれています。中国の伝説では七夕の日、かささぎが群れをなし翼を広げて連なり、天の川に架ける橋となって、織女(織姫)を牽牛(彦星)のもとへと渡し、二人の逢瀬を助けるのです。カササギは漆黒のカラス科の鳥ですが、お腹と肩のあたりだけが白いのが特徴です。

 アーチ状にかかる宮中の橋に降りた真白な霜のあまりの美しさに、七夕伝説のカササギを連想し、暗く寒い深夜であることも忘れ感動しているさまがありありと伝わってきます。小倉百人一首にも選ばれているこの名歌からは、万葉人の七夕伝説に寄せる思いが色濃くうかがい知ることができます。

 それほどまでに古代日本の万葉の夜空は美しく、人々は壮大な天の川を身近に感じ、それこそ時節季節を問わず見上げていたことでしょう。いつの頃からかほの暗さを嫌うようになっていった私たちが暮らす世の夜では、例外はあるにしろそれはすでに極北のオーロラを見るがごとく困難なものになってしまいました。漆黒の夜空にきらめく無数の星々の姿を見失ってしまった自分と日常にふと気づかされるのが、ある意味現代の七夕なのかもしれません。令和と命名された時代にはるか一千数百年前の万葉人のたおやかな心に憧れるのも、ロマンチックなようでもまた皮肉なようでもあります。


                     *

 

 先日近所で用事を済ませての帰り、普段何気なく通り過ぎる小さな公園の前でおや、と歩を緩めました。ただでさえ子どもの遊び場が不足がちな都心にあって、ほんのわずかな住宅地の隙間に設けられたその公園は、いつも遊びに夢中な子どもたちがそれこそギュウギュウ詰めに歓声も絶えないのですが、梅雨の晴れ間のしかも週末にもかかわらず、だれもおらずひっそりと静まりかえっていることにふと気づいたからでした。

 よく見れば、老朽化が進み安全性に問題のある遊具の撤去通知の看板と、立ち入り禁止の黄色いテープが遊具の周囲をぐるりと張り巡らされていました。最近しばしば見かける光景です。ブランコや滑り台、シーソーやジャングルジムといった公園や学校の校庭によくある遊具には、大人であれば誰しもがちょっぴりノスタルジーの情を覚えてしまうもの。幾世代何十年ものあいだ、子どもたちに使われた遊具が時代に取り残され用済みになり、撤去を待っているそんな光景にふと切ない思いがこみあげてきてしまいなくもありません。

 そんな事情を知らずにやってきたのでしょう、公園の前には所在なげにたたずむお父さんと小さな子供のうしろ姿がありました。ふたりの背中からは、落胆と去りがたい思いとがありありとうかがえます。けれどもその淋しげな背中の下で、大きな手に優しく包み込まれた小さな手は、古き時代は去り行くけれど、親子の情や絆はいつの時代も変わらずにある、そうであってほしいと願うには十分なほど愛おしく私の目に映りました。

 


 昨今、家族や親子にまつわるやるせなさを超えなにか殺伐とした陰鬱な話題に接することが多いと感じられるかもしれません。そうしたある意味日常を逸した異常な出来事を日ごとさまざま報道するのが情報メディアの仕事であることを思えば、そうした事態にばかり私たちの注意と関心が行ってしまうのは無理からぬことなのかもしれません。けれども、盛んに報道されているからといってそうした出来事が増えている、常態化している、だから世の中は真っ暗である、とまでは言い切れません(もちろんそれらが氷山の一角に過ぎないという可能性も常にあります)。人は、とりあえず身近にあるいは頻繁にもたらされる情報を受け取ることが習慣化することによって、思考や判断の際にそうした偏った情報にのみアクセスしやすくなる認知ルートが出来上がってしまいうというやっかいな特徴をバイアスとして持っています。つまり、概して我々が抱いている「実感」と「事実」とには大きな隔たりがあるものなのです。

 不幸な人は不幸な側面を見、幸福な人は幸福な側面を見がちで、結果世の中もそうしたものに違いないというバランスを欠いた認知を素朴に持ってしまいがちなのかもしれません。どちらととるかは人や事情でそれぞれでしょう。ただ世を騒然とさせる事件や痛ましい出来事は私たちの社会の投影であり、両者は抜きがたく結びついていることもまた確かなことのように思えます。決して自分とは無縁ではなく、いえむしろ私たち一人一人が社会の構成員であるように、様々な出来事なり現象に、私一人一人は直接的にしろ間接的にしろ加担しているのだ、という批判的で観照的な視野と態度を忘れないことが、複雑で変化に富んだ厳しい今の時代だからこそ私たち一人ひとりに求められているのだと感じます。




                    *

 

 ところで、後ろ手に握りあう公園の親子の姿を見てある映画を思い出しました。秀逸なパントマイム芸でその名を知られた舞台コメディアンのジャック・タチが監督・脚本・主演をした映画『僕の伯父さん』(仏,1958)です。私の最も好きな映画のひとつです。 

 セリフらしいセリフは最小限(主演のタチが扮する伯父さんはたった一言だけ喋るシーンがある)で、ストーリーもあるようでなく、日々の逸話の重なりといった奇妙で個性的な映画は、けれども風変わりな社会風刺コメディという表層に隠れつつ、私たち一人ひとりそれぞれに豊かなメッセージをもたらし、いとおしさと静かな感動で心満たされる映画史上の傑作なのです。

 2時間を超える長尺の映画は、テンポも遅くプロット(変化に富み入りくんだ筋立て)もなく、したがってなにも起きているようには思えず(戦後の小津安二郎の映画にどこか似ていなくもありません)、現代の映画やテレビシリーズ作品に慣れている人にはその意味を図りかね、退屈にすら映るかもしれません。

 けれどももしそう感じたのなら、そう感じている自分と向き合ってみる逆に良いチャンスかもしれません。この映画が自分にもたらすものは何か。もしかするとそれは今の自分がどこかへ置き忘れ忘れていたもの、本当は求めているもの、今こそくみ取る価値のあるものかもしれません。文化芸術のすぐれていいところはそうしたところにあるのではないでしょうか。

 鬱陶しい梅雨空が続く中、どうせならしばし家にこもり、60年あまり前に作られたこの映画を楽しんでみてはいかがでしょう。「後ろ手の親子」の意味もきっとわかります。




最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

素晴らしい出会いがたくさんありますように

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by yellow-red-blue | 2019-07-07 00:04 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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