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美しき時代とわたしたち ~ 大暑の頃'15

 『アールヌーヴォーのガラス展』
   ~デュッセルドルフ美術館 ゲルダ・ケプフ・コレクション
   パナソニック汐留ミュージアム

 たとえようのない美しさと気品に満ち溢れた素晴らしいガラスコレクションに、ただただ溜息つくばかりでした。気がつけばあっという間に2時間以上が経過し、それでもまだ見足りない思いを捨てきれず、日を改めて必ずもう一度訪れようと心に決め美術館をあとにしました。

 3つの感想を持ちました。まずエミール・ガレやドーム兄弟に代表されるアールヌーヴォーのガラス工芸の職人たちが、絵画芸術の世界に比肩するほどの写実的自然性と抽象性の両世界を豊かに表現する独自の芸術様式を開花させていたことに驚かされました。出展作品群はその生き証人として鑑賞に訪れるわたしたちを終始圧倒します。
 また、科学技術や産業、都市文化の発展、成熟した市民社会に後押しを受け、19世紀後半から20世紀初頭に百花繚乱のごとく花開いた、アールヌーヴォーをはじめとする諸芸術文化の覚醒と飛躍は、ベルエポック(Belle Époque、美しき時代)の言葉を待つまでもなく、真の文明国家たるヨーロッパ諸国の威容と底力とをあらためて強く私に印象付けました。

 そして最後に、だがしかしこうした躍動を生み出す大きな原動力となったのがジャポニズムやシノワズリといった東洋の美意識の底力でもあったことに思いを馳せるにつけ、いかに今のわたしたちの社会が、「美なるものごと」への関心と時間を失って久しいかをあらためて痛感させられるのです。
 必ずしも芸術の分野であるとか、豪華で贅沢なもの、また一握りの階層の人々のあいだでの話ではなく、日々の日常生活や仕事、人間関係といったわたしたちの身のまわりにこそ遍在すべき美意識やヒューマニズム溢れる高い精神性へのあこがれと希求の大切さを、わたしたちはどこかに置き忘れてしまったのでしょう。そうしたやり切れぬ思いをひそかに抱き続けるわたしにとって、この日の訪問は甘美ながらも同時に胸騒ぎ治まらぬひとときでした。

 甘いのでしょうね、たぶん。こうした自己憐憫にも諦観にも似た想いを抱き今の時代を嘆息することは。もう歳なのでしょう。

 というわけで、1,000円のつもりがうっかり10,000PASMOにしっかりとチャージしてしまったこと(機械ものにいまだに弱い)、お昼には久し振りにナイルさんのカレーをと東銀座まで足を伸ばしたものの、お店が夏休みだったこと(こまめなネットチェック習慣の欠如)、突然の土砂降りの雨ですっかりずぶぬれで帰宅する羽目になってしまったこと(同じくリアルタイム情報へのアクセス不適応)、など何とも腹立たしい出来事には目をつむり、それらを差しい引いてもなお余りある美しい時間をすごすことができました、と自らに言い聞かせるあたりが、現代を生きるわたしなりの、心を整えるうえでの精一杯の落としどころなのでした。
 アール・ヌーヴォーガラス展は
96日(日)まで2015723

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave麻布十番ウェブサイト

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by yellow-red-blue | 2015-07-23 21:09 | Trackback | Comments(0)

すばらしい出会いがたくさんありますように ~ 小暑の頃’15


 今日77日は七夕。一年の中でわたしが特に好きな季節の風物詩です。理由はとても静かに穏やかに、そして気がつくといつの間にか過ぎている感じがするからです。地域によっては七夕祭りなど盛大に祝うところもありますね。時期的にも梅雨の真っただ中でしかも夏休みもまだ先ということもあってか、ここ東京ではどちらかと言えば、いたって地味な扱いといってよいのではないでしょうか。

 自宅入り口付近のロビーには、毎年この時期、住民の方の願い事が記された、色とりどりの短冊で一杯の笹飾りが置かれます。願い事を拝見すると、それこそ色とりどりさまざまな思いが込められていることがよくわかります。明るい未来への夢や希望、日々のささやかな希望、切迫した願望、藁にもすがる思い、感謝の気持ち等々。

 もしかしたら、それらはすべて単なる人間の欲であるかもしれません。でも、短冊に記された肉筆のメッセージを眺めていると、とても新鮮で心安らぐものを感じます。そのほんの短かな思いの行間に、情感たっぷりの心象風景が満ちあふれているからでしょう。七夕が好きなもうひとつの理由がそれです。

 七夕のこうした古くからのシンプルで穏やかな風習慣に接すると、ついわたしたちの生きる今へと思いが向かいます。時代に君臨するITは、皆が気軽にそして好き勝手にたくさんの情報やメッセージを受発信、共有することを可能にし、仕事の能率を上げ、生活面での利便性の向上に貢献し、世の中を変えてきたことは間違いないかもしれません。ただ、それでわたしたちの生活や人生が真に豊かなものになってきたとはどうしても思えないのです。それで多くを失い、そしてこれからも失っていくだろうと心の底から思っているのです。インターネットやIT中心の生活がわたしたち人間の心的活動や身体機能に将来もたらす変化と影響に関して決して楽観的ではいられないのが正直な気持ちです。

 貴重な時間を節約し、さまざまな人的負担を軽減するはずであるものが、なぜか人間として生きるに必要な「時」や「優しさ」、そして「自由」までを社会から、仕事から、そして人間関係からも奪っている、そんな気がしてなりません。そしてより深刻なのは、そうであることにわたしたち自身が気づかずにいる、あるいはそのゆとりがないことそのものなのでは、と思うのです。

 結局のところ、時代時代で様々なものごとやしくみ、思想や価値観を生み出してきたわたしたち人間は、自らをとりまく時代や環境を変えようとはするけれど、自分自身を変えることはずっとできずにいるのでしょう。そして自分たちの幸福のために編み出したはずのものに執着するがあまり逆に支配され、それらを通じ今度は自分の身の回りを、自身に都合よく動かしていくために手を変え品を変えを繰り返し、そこに必ずや存在する、取り残され置いてきぼりにされる人々、あるいは犠牲になる人々の存在にはそ知らぬふりをしてきたのかもしれません。それが人の世だと思うとちょっとつらい気がします。そんなことをつらつらと考えるのは、いつの時代も同じ、取り残されつつあるアナログオジサンのぼやきとあせりゆえなのでしょう。

 ところでタイトルは、短冊に記した私の今年の願い事です。「たくさん」というところが「欲」なんですよね~やっぱり。
 わたしにもそれこそたくさんの反省が必要なようです。(77日)

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by yellow-red-blue | 2015-07-07 10:37 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心安らぐ経験や出会いなど、時にカウンセラーとして、時に仕事から離れ、思いつくままつらつらと綴っています。


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