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詩三篇 ~ 雨水の頃’17


休館日


2月の午後の雨は冷たく

ほどなく雪かみぞれに変わるかのようで

鬱蒼たる木々の奥は薄墨色に靄り

近くの木々には雨音とわずかな風のささやきがめぐる

図書館にひと気はなく

濡れる建物はどんより重く沈黙にひっそりと



あたりに響くのは

重い足を引きずるわたしの濡れた靴音と

重い枯れ葉を集める清掃員の熊手の音

誰もいない雨の日は

作業がはかどるといわんばかりに

雨音は黙々とかき消され忘れ去られる



気が付けば、樫の木の下にたたずむ少女の姿

太い幹に左手のひらをあて、ひっそり目を閉じている

右手に赤い傘



少女の傍らを

木と一つになったその姿を軸に

わたしと清掃員が

それぞれの方向へと、それぞれの目的へと

うつむき加減にゆっくり過ぎ去る

微動だにしない少女の祈り



かつてわたしも

木々に手を触れたことがあったろうか

だが、少し臆病だったろうか

本当はつらかったろうか



突然目の前を

ピンクと茶色のランドセル

黄色と赤の小さな傘

閉じられた建物の入り口へ一直線

しばしの雨宿り、道草とおしゃべりの

ひそかなたくらみ



帰り道

すでに少女も、ランドセルの二人も消え

雨と靄の灰色はいっそう拍車がかかり

あたりのすべてが、遠い存在のようで

ふと、さきほどは夢のことにも思えたあの子たちが

今ではすっかり現実に思え

むしろ、わたしと清掃員が

淡く、おぼろげで、頼りないまぼろしのようで





散歩道


昔、父がよく連れて行ってくれた

日曜の朝の散歩

富士の眺めがとてもいい場所へむかって



でも、本当は

本当に見たいのは、本当に知りたいのは

丘沿いにどこまでも続く、住宅の連なる坂道の先にある

すがすがしい朝の青い富士ではなく



坂へと続く長いトンネルの手前

枝別れする未舗装の、ずっと小さく短いトンネルの

その先の世界



真っ暗のその先にある

どんよりと曇り空の支配する世界

ちらりとその先に見える

灰色にたたずむコンクリートでできた

誰もいない団地か、小さな工場か、古いトーチカみたいに

いつか見たような未知の世界

希望と不安、あこがれと挫折の中



横目に見ながら、いつものように

長いトンネルをはずむようにまっすぐ進む、父や姉達と一緒に

暗闇に反響する声は、壁に映るわたしたちの影は

幸せ一杯のよう



すがすがしい朝の青い富士を見るため

笑みを浮かべ、ため息をつきながら






悲しげなあの人の夢を見た朝は

それが、久し振りに飲んだ

昨晩の酒のせいだと考えることにしよう



お酒も料理も、人もまたあたたかい

けれども、灰色に靄のかかった

あの人の姿や言葉はまるで

僕への悔恨とやりきれなさの

風雨に打ちひしがれ、つめたい電柱に張り付いた、やはり灰色の

寂しく朽ちたモノクロポスターのよう



そんな今日が日曜であることに

感謝をしよう

全てがキラキラと金色いろに光り輝いて

どこからか、かすかに朝食の音と匂いと船の汽笛を運んでくる

日曜の朝であることに

遠い昔の思い出のように


(※すべて作り手本人の許可を得て掲載しています。)



 皆さんは、何を感じるでしょうか?何を考えるでしょうか?あるいは何を思い起こすでしょう?

 さらっと眺めた時とゆっくり丁寧に繰り返し味わう時、黙読と音読、あるいは読む時期や読み手の境遇で、受け取り方は様々かもしれませんね。

 もし興味が湧いたら何をどう感じるにせよ、いったんその気持ちや感想を何らかの形にしてみましょう。批評や作者の心情、気になった表現、なぜかふと思い出した事やこみ上げた感情をどこかに書き留めるでもなんでも構いません。読み手から今度は作り手となって別の何かを表現してみても構いません。そして、何故そう感じたのか、そうしたのか、あるいは何もしなかったのか、少しだけ自分に問いかけてみて下さい。たとえ何もなかったとしても、それもやはり意味のある経験です。たとえば、自分にこんな問いかけをしてみることができます。

①3つのうち、詩を一つ選び、詩の情景について頭でイメージしてみます。

②その情景に何が見えるでしょう?何が見えているでしょう?

③何が見えないでしょう?あるいは「ない」と感じるでしょう?

④あなたは何が見たいと感じるでしょう?

⑤なぜあなたはその詩を選んだのでしょう?それは②~④とどんな関係があるでしょう?

(②~⑤はできるだけ細かく描写してみます。)



最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂


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by yellow-red-blue | 2017-02-20 23:57 | Trackback | Comments(0)

途なかば ~ 立春の頃’17

 

 立春と聞くと、つい春の気配を感じたくなるものですが、まだまだ風は身を切るように冷たく気温は上がらず、巷ではインフルエンザが猛威を振るっています。季節の移り変りは唐突にやってくるわけではなく、徐々に連続的に変化していくなかでふと感じるものなのでしょうが、何かと慌ただしい今の時代に生きていると、そんな変化すらうっかり見過ごしてしまいがちです。それでもついどこかに次の季節への手がかりを探し求めしまうのは、厳しい寒さの果てにやってくる春の誘惑ゆえでしょうか。日の出はちょっぴり早くなり日中の太陽の光も少しずつ力強さを取り戻し、加えて花粉の飛散が始まったのかなんだか目鼻が疼きだす日もちらほら出始めました。途(みち)なかばの近くて遠い春、今はまだそんな感じでしょうか。

 「ロードムービー」という映画のジャンルをご存知でしょうか?恋愛やコメディ、アクションスペクタクルやSFといったわかりやすいジャンルというよりはむしろストーリー上のある種のスタイル、パターンのようなものといえるかもしれません。したがってひとによって定義や解釈は様々で、ジャンル横断的に存在する映画なのですが、古今東西を問わず多くのすぐれた作品があり、人気は根強く今もって作り続けられている映画の一スタイルといえます。わかりやすい例を挙げると、少々古いですが日本映画では『幸せの黄色いハンカチ』(山田洋二監督、高倉健、倍賞千恵子主演)、ハリウッド映画では『レインマン』(バリー・レヴィンソン監督、トム・クルーズ、ダスティン・ホフマン主演)あたりが有名でしょうか。人によっては、『オズの魔法使い』や『ロード・オブ・ザ・リング』のようなファンタジー映画も旅するがゆえにまたロードムービーと考えるようです。

 筋立てはどれも比較的シンプルなものです。様々な理由から主人公(一人または複数)があるとき旅に出る、あるいはそれまでの生活の拠点を離れる(決意をする)。旅の道中、さまざまな出来事や人との出会いと別れを重ねながら物語が進行していく中、そうした自分を取り巻く人間関係や価値観との葛藤、直視し難い過去の挫折や今の境遇に悩み揺れ動く自己と向き合いながら、生きる意味を問い内面的成長を模索する主人公の姿を描いていきます。目的を達成しハッピーエンドもあれば、せつない結末が待っている作品もある。何も変わることなく旅が淡々と続いていくものもあれば、解釈を観る人それぞれに委ねるような作品もあります。上で例として挙げたようなメジャー作品にありがちな、スター俳優を配してドラマティックなストーリー展開を盛り込み、奇跡と感動、涙あふれるエンタテインメント的な作品よりも、むしろ無名の俳優や監督によるもの静かな語り口で淡々と進んでいく地味な低予算映画こそが『ロードムービー』の真骨頂であり、そうした作品により秀作が多いといえます。主人公はとりたてて魅力的でも知的でもなく、たいていは人生における成功者とはお世辞にもいえない人物です。感動的なセリフや結末があるようでなく、何か特別なことが起きるかといえばそうでもない。観る側に強烈なメッセージを投げかけるでもない。しかしそうであるがゆえに、かえって私たち観る側の者に作品と登場人物への積極的な関与を求め、作者の意図を読み取る感性をかきたてる知的冒険へと魅了し、胸に迫る感動を呼び起こすのがロードムービーなのです。

 ロードムービーの最大の魅力は、ストーリーで展開される実際表面上の旅と、主人公の内面で繰り広げられる内的世界への旅、さらには観客である私たちに、主人公への共感と感情移入を通して自分自身と向き合うことを求める私たち自身への旅、という3つの「旅」が同時並行して進められていくことにあると考えています。単なる娯楽として「観るだけ」の映画を超え、私たち一人ひとりに自分は何者でありどこへ向かおうとしているのかを問いかけ、今と向き合い、過去と和解し、未来というあいまいで不確かな存在の醸し出す不安と対峙する決意としての希望を育み、自己実現を求め続ける存在としての確認をたえず求めてくるのが、ロードムービーであるといえるかもしれません。

「人生とは旅である」という最も古典的でありふれたメタファーは、おそらくは私たち人間の無意識深くに刻み込まれた本能なのでしょう。この世に生を受け死という終わりを迎えるまで人生という旅は続き、私たち人間はどんなに歳を重ねても完成することのない存在なのかもしれません。人生の喜びはほんのいっときであり、残りの大半に確かなことはなく、つらく厳しいことのほうがむしろ多いのかもしれません。なぜならば人生においておそらく唯一確実なことは、私たちはみないずれは死という終わりを迎えるということだけだからです。

しかし同時にそうであるからこそ、「生きることほど、人生の疲れを癒してくれるものはない」(ウンベルト・サバ、1883-1957)のであり、「人生は醜くくもなければ、美しくもなく、ただそれぞれに唯一無二である。」(イタロ・スヴェーヴォ、1861-1928)のでしょう。人に人生という道しか残されていないとすれば、やはり私たちは旅を続けなければならない。そんな長い人生にふと迷い、息苦しさと疲れを感じている旅の主人公に偶然にも道端で出会ったとき、少し手を差し伸べることができるのなら、あるいはしばしの旅仲間として一緒に歩んでいくことができるなら、それがまた私たちにとっての内なる旅であり学びであるのです。


ぼくは彷徨った、さまようのが、人間の性だから。

人生がぼくをうちのめしたが、敗けたのは

半分だけ。心は生き残った。


いまも、

ぼくのために夜の鶯は歌い、薔薇が

棘の中で、ひとつ、咲く。

    (ウンベルト・サバ『薔薇についてのヴァリエーション』より、須賀敦子訳)


【ご参考までに】

✽『道』(1954年、イタリア)監督:F・フェリーニ、

 主演:アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ

✽『ペーパームーン』(1973年、アメリカ)監督:P・ボグダノヴィチ、

 主演:ライアン・オニール、テータム・オニール

✽『ハリーとトント』(1974年、アメリカ)監督:P・マザースキー、

 主演:アート・カーニー

✽『パリ、テキサス』(1984年、西ドイツ・フランス)監督:V・ヴェンダース、

 主演:ハリー・ディー・スタントン、ナスターシャ・キンスキー

✽『ダウン・バイ・ロー』(1986年、アメリカ)監督・脚本:ジム・ジャーニッシュ、

 主演:トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ

✽『ストレイト・ストーリー』(1999年、アメリカ)監督:デヴィッド・リンチ、

 主演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク

✽『ネブラスカ』(2013年、アメリカ)監督:アレクサンダー・ベイン、

 主演:ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ


最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2017-02-06 18:10 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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