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イスが教えてくれるもの ~ 小寒&大寒の頃’18


年末最後のカウンセリング業務も終わり、恒例となっているカウンセリングルームの大掃除をひとりしていたときのこと。カウンセリングに利用しているテーブルの下に潜り込み、床やテーブルの脚などを入念に拭き掃除をしていて、ふとクライアントがいつも腰掛けるイスの脚の部分を目にしたとき、「何かおかしいな」と感じたのです。よくよく眺めてみると、なんと椅子があらぬ方向へと歪んでいることに気が付いたのです。椅子が左斜めにかなり傾いていました。

椅子は新調してからまだ年たらず。カウンセリング中はできるだけリラックスして過ごしてもらおうと、丈夫でかけ心地の良さそうなたっぷりとしたサイズの椅子を選んだのでしたが、どう見てもそのスチール製の脚の骨格部分が斜めに傾いている。念のため、普段私が使用する同じ椅子やスペアの椅子をチェックすると、どれも異常はなく曲がってはいません。

 その椅子を普段他の用に使用することはなく、あくまでクライアント専用。体格もさまざまな不特定多数の人が1つ同じものを使用すれば、使い方にいろいろな癖がつくもので、劣化や変形は珍しくはないのかもしれません。が、ほとんどのクライアントはただ静かに腰掛け話をするだけ、体格もみな私より小柄な方ばかりなので、まさかこんな形でイスに負担が来ているとはそれまで思いもしませんでした。


清掃の手をふと止め、小さなカウンセリングルームを眺めながら、その椅子が語り掛けてくるもの、この一年もまたこの部屋をさまざまな人が訪れ、それぞれの物語を語りそして去っていく、それらと向き合ってきたことが思い出されました。

ある人は何度となく訪れ、今もって続く人もいれば、一度限りで去っていく人もいる。確たる理由も告げず、もののわずか分足らずで席を立ち出ていった人もいれば、こちらの穏やかな制止を振り切り、90分もの間、自分の思いのたけをぶつけ続ける人もいる。悲しい話を穏やかな笑みさえ浮かべ気丈に語る人もいらっしゃれば、ほとんど言葉を発することなくただ涙の止まらない人もやってくる。

その人の語る言葉だけでなく、カウンセリング中クライアントが発するありとあらゆる非言語的なメッセージにも注意を向け、彼らのこころに真摯に耳を傾けるのが私の仕事ではあるのですが、その傾いたイスは、私がまだ彼らが発するメッセージのほんの一部分を受け止めていたにすぎないことを物語っているようでした。



名の知れた寿司職人さんのあるエピソードが思い出されます。アメリカのワシントンのポトマック河畔の有名な桜まつりに寿司職人として呼ばれ、各国の要人にお寿司を振る舞った後のインタビューの席上、

「あなたの握る寿司は、回転ずしといったいどこが違うのですか?」とある現地のジャーナリストからちょっと意地悪な質問を向けられ、こう答えたそうです。

「わたしの寿司はあなたのために握る寿司なんです。」


誰彼となく毎日機械のようにただ同じものを作っているのではない。一人の客と真摯に向き合い、その人の為に心を込めて一つひとつ握っていく。それを淡々と続けていくことは実は容易ならざることであって、誰しもにできることではないのでしょう。


私たち人間は、状況依存的な存在であると同時に、依然として主観と感情の生き物です。しかし、いまのITAIがめざす社会とはどうやら、すべてを「ある種の」客観的な尺度で把握し、あるいは計測することで多くの価値判断や意思決定をおこない、最終的には私たちの主観と感情を克服することをもって良しとする、ある人々には大変都合がいいが、人間の本質から言えばかなり窮屈な社会であるような気がしています。


 カウンセラーの仕事も、あの寿司職人さんと同じ姿勢で臨むべきなのでしょう。一人として同じ悩みはありえない。「あなた」のためにその場かぎり精一杯クライアントと向き合うこと。そんなことを忘れずに今年もまた、一年という時を重ねていこうとあらためて思います。


“人間には、人間としての能力を持ったロボットを造ることはできない。まして、よりまさったロボットなんて無理な話だ。美的センスとか倫理観とか、信仰心を備えたロボットも造れない。電子頭脳は、唯物主義から一インチも出ることはできない。

 そんなことはできない相談で、ぜったいにできないのだ。我々の脳を動かしているものが何かを理解しない限りできない。科学が測定できないものが存在する限りできない。美とはなにか、あるいは良心とは、芸術とは、愛とは、神とは、我々は永遠に未知なるものの淵で足踏みしながら、理解できないものを理解しようとしている。そこが、我々の人間たる所以なのだ。“

               (アイザック・アシモフ『鋼鉄都市』、福島正実訳、早川書房)


最後までお読みいただきありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2018-01-05 14:49 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心安らぐ経験や出会いなど、時にカウンセラーとして、時に仕事から離れ、思いつくままつらつらと綴っています。


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