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ハラスメントへの対処・攻撃する人の心理⑥ ~ 立冬の頃'19


 私たちの誰しもが社会生活を送る中で人間関係に何らかの対立や緊張関係を経験します。意見が対立し相手に対し不満を口にしたり、ときには口喧嘩をすることもあるでしょう。内心激しい反感や敵意を抱くことだってあるかもしれません。これらもまた攻撃といえばそう言えるでしょう。けれどもその攻撃の程度が社会一般常識を著しく逸脱し、精神的肉体的に相手を著しく傷つけ辱め、追い込むような言動を繰り返す人がいます。深刻なハラスメントやいじめ、虐待、DV、クレーマーといったケースです。

 そうした極端な行為に及んでしまう背景には、人類の元々持っている自分を守り生き抜こうとするさまざまな生理的防御反応が関係していると今まで述べてきました。そうした反応は、進化の過程で劇的な変化を見せてきた人類の集団的社会環境においては、次第に不要あるいは不適応なものとなってきたため、人は人生の成長過程における学習なり経験を通じて、それらを上手に調整しながら生きていくことが求められてきたのです。

 けれども精密機械のようにはできていない私たち人間の肉体的精神的メカニズムは、性格や気質、遺伝的体質などの先天的なものから、育ってきた家族社会生活環境などの後天的なものまでさまざまな要因に容易に影響を受けてしまう存在です。たとえ同じような出来事を経験したとしても、それをどのように体験し、それがどのようにその後の個々の人格形成に影響を与えたのかについてはそれこそ無限のバリエーションが存在します。

 その無限のバリエーションゆえに私たち一人ひとりは豊かな個性と人間性を獲得し、社会の成長と繁栄を実現してきたことは間違いありません。けれども世の中には、社会生活をうまく生きるため十分な学習経験を積むことのかなわない厳しい逆境的な環境の中成長せざるを得なかったり、過去の精神的傷つき体験から立ち直れず深刻なトラウマや精神的な病を抱えながら生きてこざるを得ない結果、どうしても円滑な人間関係を築くことができずトラブルを抱え込んでしまう人々も大勢います。そのような人たちにとっては、いまもって世の中や人生は危険や緊張に満ちており、安全と安心には程遠いのかもしれません。

 ここまでの連載で、嫁いびりや家事ハラに始まってハラスメントなど攻撃する人についてさまざま話題にしてきましたが、ではこうした理不尽な攻撃を向けられた場合、いったい私たちはどう対処したらいいのかでしょう。


 

 ハラスメントなどの攻撃に対するこれだという効果的な対策や処方箋はありません。攻撃してくる相手に対してこちらからも具体的な対抗手段なり行動を起こすということになるとやはり慎重にならざるを得ません。相手が悪いからといって、一方的に敵視し公然と反抗すれば逆に事態を悪化させてしまうこともあるでしょうし、そんな表立った行動に出ることに躊躇してしまうことも多いでしょう。場合によっては対決をうまく回避したり、上手に立ち回って被害を最小限にとどめる方法も考えたほうが賢明な場合もあるので、これが正解だという解決方法はなくケースバイケースで考えていくしかありません。

 ただ大切なのは、相手どうこうよりもまずハラスメントについてこちら(自分)側にブレない心構えをきちっと作ってそれを維持することです。具体的に何をすべきか以前に精神的に圧倒されずにメンタル的に優位な状態を維持し心に余裕を作ることが、ハラスメント対策の大切な大前提です。そのブレない心構えには2つポイントがあります。

 ポイントのひとつめは、ハラスメントのような理不尽な攻撃的な行為は、例外なく許されないものであることを「自分自身に」常に確認しておくことです。相手に言って聞かせることがもちろんなのでしょうが、それを言って収まるようであればそもそも問題にはなりません。彼らの多くはそうした行為を「せずにはいられない」事情なり背景をもった人々であるため、それが重大な問題であるという認識が希薄です。ですからそこがブレてしまうと、相手の高圧的な態度や言動につい気後れしてしまい、「自分にも原因がある」「ああいうものの言い方をしてしまう人だけど本当は...」「周りは気にしていない」「相手は偉いから逆らえない」などとかえって自責的になってしまい、そうなると決して問題は解決しません。

 ハラスメントは、理不尽に相手を辱める精神的肉体的攻撃であり、相手の人間性に対する身勝手な決めつけや人格否定です。何か問題があるのであれば、そのことについてどのように解決すべきかを考えることを目的とするような、一般常識的な叱責や注意、指導、罰則とは別次元の行為であって、身勝手な欲求を満たそうとヒステリックに駄々をこね続ける幼児のふるまいに近いものです。

 注意にしなければならないのは、攻撃する人はハラスメントとそれ以外の区別がつかないからそうした行為をしてしまうのですが、攻撃を受ける側にもそうした区別が明確にできていないと精神的にまず追い詰められてしまいます。相手の言動に注意しハラスメントと他のこととをしっかり区別し、ハラスメントは決して許されないという自分の気持ちを確認し維持することが大切です。たとえ自分の側に何らかの非があろうとなかろうと、状況がどうあろうが本来関係ありません。お互い様が社会であり人間関係なのです。間違いや意見の食い違いは誰しもがあり人生や人となりはそれぞれであるということをどこか拒否してしまい人を信用できないところがハラスメントを起こしてしまう人に共通している点です。



 

  ブレない心構えの二つめのポイントは、「攻撃する相手は実は恐れている」ということを押さえておくことです。攻撃する人の多くは、一見すると強く高圧的に自信たっぷりに見え、さも自分のほうこそ正しいとの正論をさまざま言い立てます。けれどもそうした表面上の態度とは裏腹に、実は彼らの多くはかなり弱さを抱えている人々なのです。このことはこのシリーズを最初から呼んでいるとなんとなくお分かりになるかもしれません。様々な背景から周囲を「恐れる」がゆえに、声や態度が大きくなるのです。すべてのケースに当てはまるわけではありませんが、彼らの多くは周りを威圧、否定し、常に自分にとって安心できる関係や環境を維持しなければという観念が極端な人達で、そうでしか自分を保つことはできないと信じて生きて来ざるを得なかったなんらかの事情を抱えてきた自己否定感情の強い、本当は自信のないどこか深く傷ついている人たちといえます。

 脅威を過剰に認識する自己防御反応センサーを人生や社会生活のそこここに張り巡らし、ひたすら傷つかないためのマイルールで武装することでやり過ごしてきたために、自分があまりに硬直した考えにとらわれており、ほんのささいな出来事や違いや変化に耐えられず過剰に反応してしまうことに気づくことができません。社会には多様な考えや生き方をする人がいて、人生には成功も失敗も、うまくいかないことも納得できないこともある。そうしたことを柔軟に共有できずに、極端なマイルールに合致しないたいていの他人の存在と言動、社会状況は彼らにとってはそれだけで十分に脅威で、ときに自らを否定されているかのような衝撃として受け取ってしまいます。まわりを自分色に染めないと安心できないかのような身勝手なふるまいは、虐待やDV、モンスタークレイマーや最近の危険あおり運転加害者等のケースの多くに当てはまる心理と言えます。

 

 

 今回述べたハラスメントに対処するために基本となる二つの心構えは理解するのは簡単ですが、心の中で実践するのはそう簡単なことではありません。けれども繰り返しになりますが、ハラスメントに適切に対処していくためには、まず精神的に圧倒されずにできるだけ心に冷静さと余裕を確保しておくための工夫に取り組むことが大切です。相手がなぜそんなことをしてくるのかといった、相手の事情についてあれこれ思い悩むことにはあまり意味はありません。そうしてしまう人はそうするのです。そうするほかないのです。ことハラスメントのような理不尽な攻撃に関しては、1たす1は2であることに何ら疑いを持たないのと同じように、こちらに一切の非はなく恐れる必要はない、恐れているのは相手の方であると当然に思えるような気持ちを維持できるようになることが、相手と対峙する際もついパニックになったり隷従せず、状況判断や対処の仕方に余裕と変化を生み出す力となります。


最後までお読みいただいてありがとうございます。

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave 六本木けやき坂

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by yellow-red-blue | 2019-11-07 20:41 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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