すばらしい出会いがたくさんありますように ~ 小暑の頃’15


 今日77日は七夕。一年の中でわたしが特に好きな季節の風物詩です。理由はとても静かに穏やかに、そして気がつくといつの間にか過ぎている感じがするからです。地域によっては七夕祭りなど盛大に祝うところもありますね。時期的にも梅雨の真っただ中でしかも夏休みもまだ先ということもあってか、ここ東京ではどちらかと言えば、いたって地味な扱いといってよいのではないでしょうか。

 自宅入り口付近のロビーには、毎年この時期、住民の方の願い事が記された、色とりどりの短冊で一杯の笹飾りが置かれます。願い事を拝見すると、それこそ色とりどりさまざまな思いが込められていることがよくわかります。明るい未来への夢や希望、日々のささやかな希望、切迫した願望、藁にもすがる思い、感謝の気持ち等々。

 もしかしたら、それらはすべて単なる人間の欲であるかもしれません。でも、短冊に記された肉筆のメッセージを眺めていると、とても新鮮で心安らぐものを感じます。そのほんの短かな思いの行間に、情感たっぷりの心象風景が満ちあふれているからでしょう。七夕が好きなもうひとつの理由がそれです。

 七夕のこうした古くからのシンプルで穏やかな風習慣に接すると、ついわたしたちの生きる今へと思いが向かいます。時代に君臨するITは、皆が気軽にそして好き勝手にたくさんの情報やメッセージを受発信、共有することを可能にし、仕事の能率を上げ、生活面での利便性の向上に貢献し、世の中を変えてきたことは間違いないかもしれません。ただ、それでわたしたちの生活や人生が真に豊かなものになってきたとはどうしても思えないのです。それで多くを失い、そしてこれからも失っていくだろうと心の底から思っているのです。インターネットやIT中心の生活がわたしたち人間の心的活動や身体機能に将来もたらす変化と影響に関して決して楽観的ではいられないのが正直な気持ちです。

 貴重な時間を節約し、さまざまな人的負担を軽減するはずであるものが、なぜか人間として生きるに必要な「時」や「優しさ」、そして「自由」までを社会から、仕事から、そして人間関係からも奪っている、そんな気がしてなりません。そしてより深刻なのは、そうであることにわたしたち自身が気づかずにいる、あるいはそのゆとりがないことそのものなのでは、と思うのです。

 結局のところ、時代時代で様々なものごとやしくみ、思想や価値観を生み出してきたわたしたち人間は、自らをとりまく時代や環境を変えようとはするけれど、自分自身を変えることはずっとできずにいるのでしょう。そして自分たちの幸福のために編み出したはずのものに執着するがあまり逆に支配され、それらを通じ今度は自分の身の回りを、自身に都合よく動かしていくために手を変え品を変えを繰り返し、そこに必ずや存在する、取り残され置いてきぼりにされる人々、あるいは犠牲になる人々の存在にはそ知らぬふりをしてきたのかもしれません。それが人の世だと思うとちょっとつらい気がします。そんなことをつらつらと考えるのは、いつの時代も同じ、取り残されつつあるアナログオジサンのぼやきとあせりゆえなのでしょう。

 ところでタイトルは、短冊に記した私の今年の願い事です。「たくさん」というところが「欲」なんですよね~やっぱり。
 わたしにもそれこそたくさんの反省が必要なようです。(77日)

メンタルケア&カウンセリングスペース C²-Wave麻布十番ウェブサイト

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# by yellow-red-blue | 2015-07-07 10:37 | Trackback | Comments(0)

「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、カウンセラーとして、また時に仕事から離れ、思いつくまま綴っています。ブログのどこかに、読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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