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芒種の頃といえば、すでに梅雨入りしている地域もあり当然といえるかもしれませんが、今年は例年になく全国的に大気や天候が不安定な状況があちこち見られるようです。東京でも気温が急にぐんと上がり真夏日があるかと思えば、5月末~6月の初旬とは思えないような局地的な雷雨、それでいてその後は朝晩を中心にひんやりとした北西からの冷たい風が吹く、という何とも気まぐれな大気の状態で、体調管理と衣服の調整に四苦八苦なさっている人も多いと聞きます。

一方、今年も早や1年の折り返しの月を迎えていることにふと気づき、せわしない時の経過に何やらその間無為にすごしてしまったのでは、と焦りとも反省ともつかないお馴染みの複雑な感情がよぎる時期にもなってきました。あ~あれもしとけばよかった、これやると決めたはずなのにまだやっていない、これそれは早くやらねば、誰彼と最近連絡とっていないな、来週のあれそれは今の内から準備しておこうなどなど、人は頭の中では常に慌ただしく様々な思考や感情が巡っているものです。



そんな中、小さく内向きに凝り固まりがちな心境とは違った、自然や季節を感じさせるささやかな便りが予期せぬあらぬ方向からやってくると、ちょっとホッさせられます。先日東北に暮らす友人からドッサリと送られてきたのは、採れたての今が旬のネマガリダケ(関東あたりではヒメタケの一種)。上品な香りと初々しい歯ごたえがたまらないこのちっちゃなタケノコの仲間は、皮のまま焼いたり茹でたり、あるいはお米と一緒に炊きこんでもその味は格別です。

東京では物珍しい地方の食習慣をそのままいつも気まぐれに運んできてくれる友人に感謝しながら、食べきれない分をご近所に少しお裾分けをしたところ、今度はそのご近所さんから、農業を営んでいる近県のご実家から送ってきたという、こちらも今が本当においしいそら豆を、お返しにというにはあまりの量をいただくこととなりました。こちらも土の絡まる皮を洗ってそのまま焼いたり茹でたり。ホクホクと取れたての新鮮さが口の中ではじけるようで、大袈裟ながら生きていることに感謝したくなるほどのおいしさです。

食材のおいしさもさることながら、このような時にうれしく感じるのが、こうした大地の恵みに付着している黒々とした土や野菜を包む朝露の染み込んだ地方新聞の古紙の束から香ってくる、かつて自分の身の回りにもあったはずの自然やなつかしさがもたらす穏やかな時のリズム、そして相手のあたたかな心遣いに誘われて沸き起こる何ともいえぬ幸せな気分です。今やこうした食材の多くが、ハウスものや世界各地からの輸入品などスーパーへ行けばほぼ通年手に入るため、季節を感じるということはあまりなくなってきている都会の人間にとって、あらためてこうして人づてに大地の恵みが届けられると、いかに日常の暮らしが自然の営みから切り離された慌ただしい生活であるのか痛感させられます。

一方で、こうした頂きもののお返しを何にするかということでいつも頭を悩ませてしまうところもやはり都会に暮らす人間ならではでしょうか。食べ物のお返しにはやっぱり何かおいしい物をと思うのですが、季節を感じさせる自然の恵みなど無にも等しい東京からの贈り物といったら、デパートやお店などで売っている、ある程度日持ちがして話題性もこだわりもあるけれど、あまり季節を感じさせない、いまどきのスィーツあたりに落ち着きがちです。「こっちにはそんなものないから、逆にそれのほうが田舎暮らしの私たちにはうれしい。都会の風が吹いてくるようでみんな大喜び。」と言われると少しホッとしますが、都会の暮らしには、季節と季節の微妙な変化を日々感じさせてくれるものごとや時間そのものが無くなりつつあることにも気づかされます。



ある友人と久しぶりに会うことになり、何か気の利いた手土産でも持参しようかなとあれこれ悩んでいた時、ふと少し前にある方から頂いたチーズケーキの素晴らしいおいしさを思い出したのでした。調べてみるとどうやらかなり名の知れた洋菓子店で、しかし一日10個だか20個だか限定でしかも事前の予約不可の、つまり入手が極めて困難なものであることが分かりました。甘いもの好きながら、そうしたいまどきの流行への敏感なフットワークを持ち合わせていない私は、しかし今回ばかりはと行列を覚悟に知人と会う約束の日の当日の午前中にお店へと向かいました。

落ち着いた並木通り沿いのいかにもなたたずまいをみせるその評判のチーズケーキを売るお店の前には案の定、開店までまだ30分ほどあるにもかかわらず何人かが列を作っていました。なににつけ行列に並ぶということに抵抗を感じてしまう性格の私は、若い女性ばかりの列になおさらの罰の悪さというか気恥ずかしさを覚えつつ最後尾に。気がつけば、早く開店してほしい、買えるだろうか、買ったらすぐに地下鉄を使ってどこどこで乗り換えて、でも待ち合わせ時間まではまだ間があるから、しまったお昼をどこにするか考えていなかったな、などと、あちこちと考えが巡っている自分に気づきました。一様にうつむき加減に押し黙ってスマホ操作に没頭しながら並んでいる周囲を見ながら、ふと何気なく上を見上げると、その街路樹の桜の木に生い茂る新緑の葉に目が留まりました。

桜といえばピンク色の花が咲き誇る春先を思い浮べますが、明るい初夏の陽光に照らされ、思ったよりもずっと薄手な葉から透けるように差し込む光には何かうっとりさせるやわらかさがあります。幾重にも繁茂する葉は、それこそ新緑と一言では言い表せないほどに多様な緑の色を発していて、そよぐ風に幾方向にもなびきながら織りなす木洩れ日の光と影、ささやくように奏でる風の音、青空とのコントラストは、どの樹木にもまして表現豊かで、品の良さと美しさが溢れていることに気づかされます。

「どうして東京にはこんなに桜があるのに、花見の季節だけしか興味示さないのかしらねぇ。今の季節にこそ桜を愛でに行くべきよ。花だけに目がいって、桜が本当に美しいのは初夏や秋なのに。」以前ある人からそう言われて以来、私も季節外れの桜並木見物を習慣とするようになったのですが、なるほど私たちは、周囲の物事や人について、思ったよりも注意深く目を向けたり観察することをせずに、頭の中にある固定した世界を巡るばかりのことのほうが多いのかもしれません。気がつけばすでに開店時間を過ぎ、私の前の行列はお店の入り口へと吸い込まれ、私も幾分爽やかな気分でお目当てのチーズケーキを無事購入することができたのでした。



 ヒメタケ、そら豆、桜の木の葉。小さな季節の断片にすぎないそうした手がかりが、過去や将来へあちこちさまよう心を、「いま」という大切なひと時に解放し、ただ「いま」であることに注意を向ける大切さに立ち戻らせてくれます。

私たち人間は、自分と身の回りに起きている物事について、常に思考や感情を駆使し、過去と現在と未来の間をさまざまに監視・評価・判断し行動することで社会生活を営む生き物です。けれども、ひたすらに利便性や効率を追求し、時間に追われがちな生活は、目標の達成と問題解決に常に備えるよう促される生き方であり、絶えず現実の「いま」とは違った「何か」を意識しながら、自分を「いま」から引き離し、「いま」とともにある大切さに気づくことなく心的な負担を強いる生き方です。

ストレス解消やリラクゼーション効果を高めるための様々な手段、たとえばヨーガや座禅、ランニングやウォーキング、各種の身体トレーニング、舞踊や芸術的表現活動からはたまた最近つとに注目される心理療法あるいは自己啓発的スキルとしてのマインドフルネスの考え方もそうですが、こうした心身の健康維持のための実践活動の根底に共通するのは、現在進行中の課題や動作のもたらす身体感覚の気づきへの意識を高めることにあります。  「今」自分に起きているあるいは自分がおこなっていることそのものに注意を向け、それがどのようなものであろうとそこに何の評価判断、感情も加えずただその「いま」の存在を認め「いま」と一緒に留まるための集中の方略です。ただあるがままの瞬間瞬間の今に意識を集中する実践を通して心にもたらされる穏やかな解放感の体験は、日頃いかに私たちがさまざまな思考や感情に色付けされた物事のとらえ方を引きずりながら日常を送っているかを気づかせてくれます。

悩みや不安、ストレスの背景にある思考や感情が、たとえれば大海原の「波」であって「海」そのものではなく、あるいはまた、大空に浮かぶ常に姿形を変えやがては消えゆく「雲」であって「空」そのもではないように、それら自体が私たちの心や私たち自身なのではなく、広い心の領域のほんの一部で沸き上がるほんの一時の現象にしかすぎないこと。「思考」は単なる「思考」であることを冷静に実感できる心の余裕を生み出していけるようになること。そして心から悩みを消し去ろうとしたり回避しようとするのではなく、それがただあることを心穏やかに許す広い心の在り方を探ること。今を生きる人々の間で様々に実践されているこうした試みは、今の暮らしや社会に深刻に欠けているものを回復するための、人間に本来備わっている至極自然な欲求行動ではないか、そうも思えてくるのです。

最後までお読みいただいてありがとうございます。

C²-Wave 六本木けやき坂

小さな季節 ~ 芒種の頃’17_d0337299_15571991.jpg



# by yellow-red-blue | 2017-06-05 21:40 | Trackback | Comments(0)

メンタルケアと心の相談室 C²-Waveのオフィシャルブログです。「いま」について日々感じること、心動かされる体験や出会いなど、思いつくまま綴っています。記事のどこかに読む人それぞれの「わたし」や「だれか」を見つけてもらえたら、と思っています。


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